第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
まぶたを伏せ、隠は続ける。
「胡蝶様に申し付けられたというのは、若干筋の通らない物言いであったかもしれません。実際は、私が個人的に飛鳥井様の身を案じ胡蝶様に願い出たのです」
ビキ。
隠の言葉を聞いた瞬間実弥はひたいに青筋を浮かべた。
思い過ごしであるなら、まァ、いい。この隠が単に情けの深い男であるだけのことかもしれない。わざわざそんなことを口にする必要があるかは知らねェ。
腹の内に私的な情を忍ばせるのは勝手だが、あろうことか柱の前で堂々とそれを匂わせるなど。
( この隠、いい度胸、してるぜェ )
立て膝に乗せた腕の指先が、ポキリ、ポキリと密かに音を鳴らしはじめる。
鬼殺隊事後処理部隊の【隠】
負傷した剣士の応急処置や戦闘後の後始末、刀鍛冶の里への案内係なども担う、鬼殺隊という組織を影で支える者たちである。
隠は剣技の才に恵まれなかったものが所属する部隊と言われているものの、実弥の投げた盆を身体ひとつで防御してみせたことを思うと、この男、身体能力自体は高そうだ。
「風柱様。本部までの道案内は途中まで私が担当させていただきます」
「···わかった」
産屋敷家も刀鍛冶の里同様場所は秘匿とされており、鬼や鬼無辻無惨に悟られぬよう巧妙な仕様の立地にひっそりと佇んでいる。そのため隠や鴉の案内なしに辿り着くことは不可能なのだ。
草鞋の紐を足に結わい付けながら、実弥は思考を巡らせていた。
緊急の柱合会議ということは。
おそらく──。
「···星乃。今抱えてるもんが一旦落ち着いたら、お前に話がある」
縁側から立ち上がり、振り向いた実弥の言葉に迷いは感じられなかった。
星乃は、実弥の言う"話"が何を指しているのかを悟った。