第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
そんな実弥も、季節の流れと共に徐々に鬼殺隊に馴染んでいった。
匡近といるときは、笑顔を見せることも少くなかった。
「実弥が、私の誕生日を覚えていてくれたのだと知ったときは、嬉しかったな」
匡近がいなくなってからだ。
それまでは、きっと匡近に無理矢理付き合わされていたのだろう様子でお祝いしてくれていた実弥の顔が思い出される。
匡近が亡くなった年、はじめて実弥が自ら贈り物の品を持って星乃の家までやってきた。
ペン先に白鳥が彫刻された赤褐色の、趣のある万年筆。
以前使っていたものを失くしてしまい、新しいものを探していたときに店先で見つけ思わず立ち止まって見入ったそれを、実弥は覚えてくれていたのだ。
それは今でも肌身離さず星乃の隊服の胸もとに差し込まれている。
「······匡近」
匡近は、とても優しいひとだった。
明るくて、いつも屈託のない笑顔を見せてくれるひと。
つらいこと、たくさんあったはずなのに、それを微塵も感じさせずに、幸福の灯火を心から絶やすことなく生きていた。
匡近には、どれだけ救われてきたかわからない。
匡近しか知らない星乃の罪過 (あやまち) 。
それでも、星乃を想う気持ちは変わらないと言ってくれた。
生涯を、共にしたいと。
「···っ」
粉々に砕けた欠片を拾い集める指先が震える。
足もとに横たわる銀杏の葉に、ポタポタと涙が落ちてゆく。
匡近がいてくれなかったら、星乃の時間は"あの日"で止まったままだったろう。
あの笑顔が大好きだった。
結婚する、約束だった。
「どうしよう···匡近···」
自分は実弥のなにを見ていたのだろう。
なにを知ったつもりでいたのだろう。
あんな実弥ははじめてだった。
まるで、極限まで押し殺してきた末のような、切なげな声音が今も耳に残されている。
こわかった。
実弥の気持ちがひしひしと伝わってきて、どうしようもなく胸の内を締め付けられた。
それなのに、どうしてこれほどまでに私の鼓動は高鳴っているのだろう。
「───…嫌じゃ、なかったよ」
強く、拒めなかった。