第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
「風柱様。失礼してもよろしいでしょうか」
「···好きにしろォ」
断りを入れると立ち上がり、隠の男は縁側に座り込んでいる星乃の傍までやってきた。
懐から取り出した薬袋を差し出す覆面頭巾からは表情が読みとれない。
実弥は、さほど離れていない距離から隠の五体に隈無く鋭い視線を向けた。
はじめて見る男だ。
隠は目もとしか拝めない隊服に身を包んでいるとはいえ、付き合いが長くなれば顔見知りになり見分けもつくようになってくる。名前も覚える。
だがこの男に覚えはない。入隊したばかりの隠にしのぶが所用を任せるとは考えにくく、比較的歴の浅い人物か、これまで関わってこなかった人物か。
どちらにせよ。
虫が好かない野郎だと思った。直感だった。
「風柱様」
「なんだ」
「風柱様には、緊急の柱合会議の報せを言付かって参りました」
「アァ? いつだよ」
「至急とのことです。他の柱の皆様にも召集がかけられております」
「チッ、わざわざテメェがそれを言いにくる必要があんのかよォ。薬も報せも鴉で間に合うことだろうがァ」
「実弥、」
縁側と和室を隔てる敷居に粗野に腰を落とした実弥は、一層鋭く隠の男に睨みをきかせた。
「······申し訳ございません」
「あなたが謝ることないわ。もとはといえば私が薬を忘れてきてしまったのがいけないんだし、あなたはしのぶちゃんに頼まれてここまで足を運んでくださったのだから」
これ以上実弥の険 (けん) がある物言いが続けられると、この隠も今後過度に実弥に恐れを抱いてしまう可能性がある。そう案じた星乃は思わず二人の間に割って入った。
星乃には実弥がこの隠にきつく当たる理由がよくわからなかったし、鬼殺隊には厳しさばかりが目立つ実弥を誤解している者もいる。
本当はとても優しいひとなのだということを、もっとたくさんの仲間に知ってもらいたいのだ。
そんな星乃の心配をよそに、実弥は背後で小さく鼻を鳴らしている。
「いえ······申し訳ございません」
「···あなたは悪くないわ」
「違うのです」