第2章 鼓動の音は、不規則なみぞれ
気づけば夜が明けようとしていた。
星は消え、細筆でなぞったような月だけを残し、青黒かった夜空は藤色へ変貌を遂げようとしている。
雲はひとつも見られない、晴天の夜明けだ。
きれい······。
星乃の唇から疲労と感嘆の混在した吐息が漏れた。
実弥も山合いを見やり一呼吸つく。
稽古に夢中になっていると、しばしば二人は時をどこかへ置き去りにしてしまう癖がある。そんなときは、星乃を一風変わった風が撫で上げるのだ。
はごろもがふわりと上空から舞い降りてくるかのような、柔らかな風。
季節を運んでくるように、星乃にふとなにかを知らせてくれる、風が。
「そろそろ切り上げるかァ」
言いながら、実弥は切先を地に付けた。
長時間続いた対人稽古。見渡せば、庭の草木がまばらに葉を散らしている。朝日で周囲が明るくなってくるとそれが目に見えてよくわかる。
「ありがとうございました」
実弥に向かって星乃は深く頭を下げた。
今日も実弥を打つことは叶わなかったと、地面を見つめる双眸に悔しさを滲ませる。だが自分はとても恵まれているのだとも思う。
父に呼吸の剣士を持ち、柱の実弥に時折こうして稽古をつけてもらえることなど一般隊士には到底贅沢なことなのだ。
柱は【継子】と云われる直々の弟子にしか稽古をつけない。
柱は並外れた実力がある故課せられる任務も多く、担当地区も広大だからだ。加えて自身の鍛練も欠かさず行わなければならないのだから、とにかく時間が足りなかった。
継子を希望する隊士は多くいる。しかしながらおいそれと叶うものではなく、柱に認められなければ継子とは名乗れない。
以前、星乃は一度だけ実弥の継子に願い出たことがあったが、歓迎はされなかった。