第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
くそったれめ、と、実弥は心中で己自身に悪たれた。
断固として、手は出すまいと、長い間結び目をきつく縛り上げてきた想い。生涯打ち明けるつもりもなかった。
星乃を慕い、どれほどの季節が流れただろう。
じわり、じわり。密かに焦がれ、焼かれ続けた結び目は、長い年月をかけ知らず知らずのうちに脆くなっていたのだろうか。
星乃が頬に触れた瞬間、実弥の中で何かがぷちりと音をたて、明確に自覚した。
とうに限界に達していたのだということに。
「言ったはずだぜェ···。俺はよォ···。"ちゃんと見ろ"って」
「っ」
鷲掴むような手付きで星乃の顎に手をかける。
見下ろすと、桃色の唇は微かに震え、眼球は今にも零れ落ちそうにたゆたっていた。
ああそうだ。こうなるとわかっていたから自制してきた。己の醜い欲望で、星乃を傷つけることだけはあってはならない。そう肝に銘じてきたはずなのに。
俺は間違っていたのだろうか。いっそ星乃の身に何が起きても、構わず突き放すべきだったのか。
今さら遅い。
どう足掻いても、もう、戻れない場所まで来てしまっている。
「···俺は、長ェこと──」
──!!
ハッとして上体を直立させる。同時に転がっていたお盆を掴み、「誰だそこにいやがんのはァ!!」
実弥は振り向き様背後にお盆を投げ付けた。
バン···ッ!!と激しい音がした。
鋭い視線を向けた先には、黒装束姿の人物、【隠】がいた。
隠は、眼前に交差させた二の腕で投げつけられたお盆を防御していた。片足を引き、衝撃に耐え切った体制で静止している。
「、ンだァ? テメェ···。無断で人の屋敷に入りやがって」
ゆっくりと、隠から構えがほどかれる。
「申し訳ございません風柱様。一旦玄関のほうへまわったのですがお返事がなく、戻ろうとしたところこちらからお声が聞こえたものですから」
「何の用だァ······隠に頼み事した覚えはねェ···。くだらねぇ理由だったらブチ殺すぞォ」