第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
あ、と思ったときにはすでに絡めとられていた。
指先の餡を舐めとる実弥の仕草がよみがえる。
眼裏に浮かんだ薄紅の舌尖が、たちどころに口内を蹂躙していた。
頬に伸びる逞しい腕を退けようと手を伸ばしても、実弥は引く気配すら見せない。
「ん、っ」
「っ、は、ァ」
星乃の声と実弥の吐息が同時に辺りに漂った。
惑乱する。
熱い、と思う。
束の間とも、永遠とも感じられたひとときは、確かに星乃を忘我の境へと導いていた証。
肝心の心は霧で覆いつくされたままなのに、感知する熱が実弥のものだけではないことを自覚してまた惑乱する。ただそれを繰り返している。
「ひゃ、っ」
口づけが果てを迎えたと思ったら、実弥の唇が首筋を伝って流れた。
小さくのけ反る星乃の背中に実弥の手が添えられる。
「や、さね、み、お願···っ、待って」
"───実弥"
再び名前を紡いだ刹那、緩やかに視界が転がった。
とん、と冷たい床に背が付き、仰向けになった自分の上に実弥がいることを理解する。
痛みはない。押し倒されたというよりも、寝転ばせられたと言えるほどの優しい反転。
「っ、ふ、ぁ」
首筋の付け根に舌が這い、恥ずかしげもなく声がでた。自分の口から発せられた音であることが信じられなくて、星乃は羞恥心に駆られながらも唇を震わせた。
「っ、実弥、どうした、の···っ、どうして急に···っ、こんな」
潜水から浮かび上がった直後のような熱い吐息が星乃の耳殻じかくに吹きかかる。
「······お前には、俺がにわかにトチ狂ったようにでも見えんのか」
「さね、」
「あるわけ、ねェだろうがァ···」
どこか苦しげにそう吐き出す実弥から、星乃は双眸を逸らせなかった。
「出し抜けにこんな情······いだけるもんかよ」