第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
まばたきをする間もなかった。なにが起きたのかよくわからずに、実弥の唇が離れてからも、星乃は視線ひとつ動かせずに呆然としていた。
( 今、え···? ぶつかっ···? )
狼狽し、心中で首を振る。
この状況が理解できないほど星乃も幼いわけじゃない。
今のは"ぶつけてしまった"という衝撃とは違う。
ぴたりと重なった唇と唇。うっすら開かれていた実弥のそれは、星乃の下唇を時の間挟むようにして離れていった。
濃色 (こきいろ) の目玉が至近距離から星乃をじっと見据えている。そのなかの、呆けた表情の自分の姿がゆらゆらと揺れていた。
「···まだ、忘れらんねェか」
「え······?」
「匡近を」
「っ、」
星乃の頬を、実弥が掌で包み込む。
動けなかった。
強く濁りのない双眸に、意識を根こそぎ吸い込まれていた。
「···悪ィが、俺にも、限界ってもんがあんだよ」
「さ、ね、───んっっ」
ふわりと眼前が影になり、再び唇が奪われる。
反射的に身体の重心が後ろに傾き、星乃は床に臀部 (でんぶ) を落とした。
「ふ、さね、待っ、つ」
隙間を縫うように発した声も、すぐにまた実弥の唇に奪われる。
実弥が、まるで知らない別の男性 (ひと) のように思えた。
混乱と、畏れさえ入り交じるなか、反してこの身体が火照っているという事実にも一層惑う。
とうとう生温いものが歯列を割って挿入し、星乃の背筋に電流のようなものが走った。
( っ、···こ、れ )