第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
「してないけれど···?」
「今にもしそうなツラしてんだよォ······なんだ。何か言いてぇことがあんならはっきりと口にしやがれ」
実弥の手が再び星乃のうなじを押さえる。
星乃は四つん這いという中途半端な姿勢のまま、実弥の顔を見下ろしていた。
『はっきりと口にしやがれ』
ぶっきらぼうでも、実弥なりの心遣いだとわかる物言いだ。
視界の下に映り込む創痕を一瞥し、けれど星乃は口を閉ざした。
どう言葉にしたらいいのかいまだに迷ってしまうのだ。
匡近ではない私の言葉を、実弥がどう受け取るのかも。
実弥に対して抱く想いに、以前とは確かに異なる胸の内があることにも戸惑っていた。
様々なものが入り交じる気持ちに整理がつかず、安易な言葉を口にできない躊躇いがある。
見つめ返した実弥の双眸は、珍しく血走っていなかった。
まばたきをひとつして。
星乃は、実弥に微笑みかけた。
「···これからも、実弥が無事でありますようにって、願っただけよ」
実弥の頬をそっと撫でると、うなじに触れていた手の重みがするりと滑り落ちてゆく。
上体を起こし終えた星乃の口からは感嘆の吐息が漏れた。
本当にどこも痛くなかった。擦り傷や打撲も一切見当たらず、いかに実弥が注意を払って自分を支えてくれたのかがわかる。
両膝をついた姿勢で実弥の下肢の間に落ち着く。
「···起こせェ」
実弥の片腕が、星乃に向かって伸びてくる。
こうして実弥が手助けを求めることは滅多になく、まさか私を庇ったせいでどこか痛めてしまったのではないかという懸念と罪悪感が星乃に芽生える。
大丈夫? と声をかけながら、星乃は実弥の上体を起こす手助けをした。
「どこか痛む···、の」
そう言い終わるのと同時のこと。
星乃の援助は少しも効力を発揮せぬまま、ほぼ自力で上体を起こした実弥の手が再びうなじへと回される。
実弥の唇が
星乃の唇に触れていた。