第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
ふと、深く刻まれた罰点 (ばってん) の創痕が強く星乃の意識を引いた。
本当に痛ましい傷痕だ。ひとつ間違えば致命傷にもなりかねない大怪我だったに違いない。
星乃は沈痛な面持ちで実弥の胸もとに手を添えた。
出逢った頃には既にあった傷だった。
いつどこでどんな風に負傷したのかはわからない。箇所が箇所だけに、戦闘の最中鬼にやられたものなのかもしれない。
しかしながら、実弥の稀血を利用した戦いかたは日輪刀を手にしてからも続ていた。
身体を刻み、滴る血で鬼を酩酊させ、動きを鈍らせた隙に頸を斬る。
剣士として力をつけてゆくにつれ戦いかたにも変化はあったが、産屋敷家で禰󠄀豆子を試してみたように、実弥は鬼の頸に刃を振るうことと同じくらい、自身の身体に傷をつけることを躊躇わない。
星乃は、そんな実弥を強く咎めることが出来ずにいた。
やんわり助言するまでには至っても、実弥の戦いかたを頭ごなしに否定するような振舞いは、いつか実弥自身を否定してしまう領域にまで達する気がして恐かった。
生半可な覚悟で成せるものではないことを知っている。
実弥の鬼に対する底知れぬ憎悪を知っている。
他人がなにかを諭しても、それはひどく上滑りな言葉にしかならないことを、知っている。
鬼殺隊の仲間たちも、実弥には複雑な想いを抱いているのかもしれない。皆、見守るか、ただ遠巻きに眺めて首を傾げるか。大抵はそのどちらかだ。
だが匡近だけは違っていた。実弥の傷を見るたびに、「そんな戦いかたはやめろ」と叱責した。
それはきっと、匡近だから出来たことだろうと、星乃は思う。
匡近は、純粋で、心根の真っ直ぐなひとだった。
「···お庭、片付けなくちゃ」
さすがにいつまでもこうしているのは忍びなくなってきて、星乃は自身に言い聞かせるよう呟いた。
実弥の腕が背面から離される。
おもむろに顔を上げると、「···またメソメソすんじゃァねぇだろうなァ」と漏らした実弥と視線が絡んだ。