第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
星乃が微笑 (わら) えば、実弥の心はひととき休まる。
鬼狩りで疲弊した心と身体。過去の遺憾。それを、確かに忘れられる刹那がある。
自分は、星乃にとってどの程度の存在なのだろう。やはりまだ、弟のようだと口にするのか。家族同然の感情しか抱かれていないのか。
星乃はまだ、匡近を───。
「そろそろお暇しようかな。お茶、ご馳走さまでした」
あァ、と言い立ち上がろうとする実弥の前に、星乃は待ったをかけるように手を差し出した。
「今日は送ってくれなくても大丈夫よ。これから畑仕事に出てくるひとたちもいる時間だし、なるべく閑散とした場所は避けて帰るわ。実弥は早く休んで」
茶器を乗せた盆を手に、これだけ片してくるわねと言い勝手元へ足を踏み出す。
次の瞬間、「あ、」と思ったときには体勢が極端に傾いていた。
足もとにあった風呂敷包みを踏んで滑ってしまったのだ。そう理解できたとき、すでに星乃の身体は縁側の外へ投げ出されようとしていた。
「「─────!」」
しまった、落ちる······!
空中で回転する盆。蓋の外れた急須の中から湿った茶葉が飛び散ってゆく。
投げ出された湯呑みが眼前すれすれを通りすぎ、星乃は双眸をきつく閉ざした。
「星乃···っ!」
「···っ!」
ガッシャーン!!
けたたましい破壊音が屋敷中に響き渡り、わんわんわん···と床の上で数回回転したのち倒れたお盆の音の余韻が幾ばくが耳に残される。
( ───なんてこと )
辺りがしんと静まり返ったその瞬間、星乃は全身から血の気を引かせた。
落ちると思った。だから即座に受け身に備えた。にも関わらず眼前を覆い尽くすのは、視界いっぱいの青空ではなく見覚えのある深い創痕 (そうこん)。
「っ、てェ」
「······っ」
実弥の声が、驚くほど近い。
背面から落下したはずなのに、どうしてか身体の向きがうつ伏せの状態で落ち着いている。それに、この、頬に付くしなやかな弾力とあたたかな素肌には、以前、呼吸を乱した際にも身体を預けた記憶が──…