第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
幾つかの葉が足もとに横たわる瞬間を見届けた後、
「······そりゃあ、こっちの台詞だ」
実弥は独りごつように呟いた。
実弥から見ても、星乃の作ったおはぎはキヨ乃の作るそれと同じとは言い難いものだった。
小豆の粒は若干固めで、煮詰める時間が心持ち不十分なまま砂糖を加えてしまったのだろうと推測できる。以前、甘味処の店主がそのような話をしていたのを耳にした記憶がある。
とはいえ餡の甘さはちょうどよく、もち米は実弥の好みの柔らかさに仕上がっている。
旨いと思った気持ちに、嘘はなかった。
「んでェ? 任務で負った傷じゃねぇならその手は何しでかしたァ」
「それが、お鍋で煮詰めているときに突然小豆が飛んできたみたいなの。一瞬のことでなにが起きたのかよくわからなかったのだけれど······沸騰するとあんな風に爆発するのね、小豆って」
急須に煎茶の葉を入れながら、星乃はまるで他人事のように呑気に答える。
( 爆発だァァ? そんな話ははじめて聞いたぜぇ··· )
湯冷ましのお湯を急須に注ぐ星乃の所作は普段と変わらず滑らかだ。
実弥は爆発した小豆とやらを想像し不可解な面持ちで首を捻った。
「すぐに冷やしたし、ちょっと腫れただけよ。問題ないわ」
「ったく···貸してみろ」
星乃に代わって急須を手にし、やれやれといった具合で黙々と湯呑みに煎茶を注ぎ入れてゆく。
剣技に関しては器用にこなす星乃だが、それ以外ときたらそこかしこに危うさを孕んでいるような、そんな女だ。年上のくせして危なっかしいのだ。
姉弟子という自負心からか、時折世話を焼くような振る舞いをしてみせることはあるものの、肝心なところが繊細で頼りなげである。
だが星乃は実弥にはないものを持っている。
視野の広さ、柔軟な思考。
半歩下がった場所から周囲を眺め、常に最善を選択しようと考えを巡らせている。
ひとつだけ気がかりなことかあるとすれば、星乃に至っては自分の気持ちを後回しにしがちなことだった。