第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
(···私、どうして今年は作ってみようだなんて思ったのかな)
本当は無理して食べてくれているのではないだろうか···という自信のなさと同時に、ふと思う。
不味けりゃ食わねぇとは言うけれど、以前作ったおにぎりとお浸しも、実弥は匡近と一緒に残さず平らげてくれた過去がある。
なにより今日はお祝いの日だ。そんな日にわざわざ料理の苦手な自分が手作りのものを振る舞うよりも、いつものように祖母に頼むか、お店のものを購入すれば良いだけの話なのに···。
厚意のつもりでした振る舞いに、今さらながら小さな疑問を抱いてしまう。
「···あら?」
気がつけば、実弥がちょうどふたつめのおはぎにかぶりついたところだった。
「ぁ? こいつも俺んだろ?」
「え···え、もちろん」
戸惑っている星乃をよそに、おはぎは小気味良い咀嚼に合わせみる間に小さくなってゆく。
最後の一口を飲み込んだあと、親指についたあんこを舌尖で絡め取る実弥。
その仕草に視線を奪われ、熱くなる頬に気づかれないよう素早く正面へ向きなおり、星乃は静かに深呼吸する。
「ごっそぉさん」
「お粗末様でした」
互いに放った言葉が重なる。はたと絡んだ二人の視線は面映ゆさだけを間に残し、どちらともなくほどかれた。
空になった桐箱を片し始めると、横合いから「ぁ"ー···」と呻くような実弥の声がした。
「···食い足りねェからよ、次は、もっと持ってくりゃあいい」
嬉しくて、胸底がぎゅっと絞られる。
声を発することさえままならず、風呂敷を包む手が無駄に泳いだ。
実弥のそれは、決して直接的ではない一言半句。
けれどこの胸の高鳴りは、おはぎを食べてもらえた心嬉しさからきているのだ。そう納得できるのに、どこか違う悦びをも感じている自分がいる。
「······ありがとう······嬉しい」
ささいなことが、たまらなくあたたかい。
折々生まれる沈黙を埋めてゆくように、銀杏の黄葉が宙を舞う。