第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
正方形の桐箱に、粒入りのあんこを纏ったおはぎがふたつ。
よく見ると、あんこがたっぷりと盛り上がっている箇所もあれば量が足りずにもち米の白が見えてしまっている箇所もある。
キヨ乃が作るおはぎは盛り付けも売り物並みに美しく、·······つまるところ。
これは、星乃が···?
「······」
差し出されたおはぎを前に、今度は実弥が黙りこくってしまう番だった。
思えば、あの握り飯とお浸し以降星乃が手作りした食べ物を持ってくることはなくなっていた。
それがまさかここへきて、しかも実弥の誕生日に好物のおはぎを作ってくるなどまったく想像もしておらず、不意打ちすぎて頭の中が無になった。
見た目だけに関して言えば、それはあまりにも歪な形のおはぎである。これまで実弥が見てきたもののなかでも一番···といっていいほどの。
星乃は緊張の面持ちで息を呑み、実弥の口もとに運ばれてゆくそれを双眸で追いかけた。
味見はした。悪くはなかった。はずなのに。祖母に教えてもらった通りに調理したおはぎはなぜか祖母と同じ味にはならなかったのだ。
そんなわけなので、実弥の反応がとても気になるのである。
「······食いづれェ···」
「っ、ごめんなさい、つい」
ハッとして、慌てて実弥から視線を背ける。
早鐘を打つ心臓。
実弥の口に吸い込まれてゆくおはぎを横目に、星乃は膝の上の風呂敷包みをぎゅっと握った。
まだ、隣からは何の反応もない。
はらはらと、土色にくすみかけた銀杏 (いちょう) の葉が足もとに落ちてくる。
木の枝にいた雀が羽音を放ち飛び立つと、実弥の喉仏が上下したのがわかった。
「···端 (はな) からお前が一人で作ったのか」
「や、やっぱり、婆さまの味、とは言えないわよね」
「···まぁなァ」
「教えてもらった通りの手順で作ったのに変よねえ···。あ、お口に合わなかったら遠慮なく残してね」
「別に、合わねぇとは言ってねェ」
「···気を使わなくてもいいのよ」
「今さらンなことに気ィなんか使うかよォ。不味けりゃ食わねぇ」
「でも···あ、」
実弥は残りのおはぎを一口で口の中へ放り込んだ。