第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
「だがよぉ、こりゃァだいぶ値も立派なんじゃねぇかぁ?」
「いつもお世話になっているお礼も込めてね、受け取ってほしいの」
「···んな言うほど世話なんざしてねェよ」
そんなことない、と星乃は左右に首を振る。
「それにね、私もこの素敵な虫籠のなかで動くカブトムシを見てみたいなって思ったのよ」
カブトムシなら、二、三頭用といったところだ。
鳥籠ほどのものもあったが、とても手の出せる値ではなく諦めた。高価すぎる物では逆に実弥にも気を遣わせてしまうだろうという思いもあった。
持ち運びも苦労せず、かつ見栄えも星乃が一目見て気に入ったそれは、蝶屋敷で見かけた金魚鉢ほどの大きさのもの。繊細に並ぶ竹ひごに囲まれたカブトムシを思い描き、わくわくした。
美しい半円形の天井に付いた取っ手には、手染めの正絹 (しょうけん) の紐があしらわれている。
朱色や黄色、灰色など、幾つかの種類から色が選べたので、実弥の刃の色に合わせて緑色にしてもらった。
( よかった···。気に入ってもらえたみたい )
虫籠を掲げ興味深そうに隅々まで眺める実弥の横顔はほどよい無邪気さを覗かせていて、星乃の頬も自然と和ぐ。
「そういや先刻から気になっちゃいたんだが······手もやったのかよォ」
「え? あ、ううん、これは違うの」
星乃はとっさに包帯の巻かれた左手の甲を右手で抑えた。
自分で処置したため少々大袈裟な手当てになってしまったが、これは鬼狩りの任務で負った傷ではない。
「?」
「···あの、ね」
おずおずと、遠慮がちに、両掌ほどの小さな風呂敷包みを膝の上に置く。
「実は、おはぎも、用意してきたの」
「あァ、婆さんからかァ?」
数秒の間を置き「···ううん」と答え、さらに一呼吸沈黙したあと、星乃は続けた。
「これも私から···。実弥のお口に合うかわからないけれど······あ、でも、婆さまから教わったものだし、味見もちゃんとしたから···。見かけは少し、不恰好になってしまったけれど」