第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
「まだ内緒にしておきたかったのに、どうして先に言っちゃうの紅葉さん···!」
「カアァ! イツ渡シタッテ同ジダヨ! 栗ヲ忘レタ罪ハ重イノダァ!」
「だからそれは何度も謝って···っ、もう、紅葉さんのわからず屋!」
「ムカア! 何ヲソンナニムキニナッテイル! マッタク、星乃ラシクナイノヨウ!」
内緒? 栗? わからず屋?
話が読めず、実弥は思わず眉を潜めた。そして、滅多に憤慨しない星乃がなにやら立腹しているらしいことに内心少々戸惑った。
「おいおい落ち着けェ···。なんだぁ星乃、俺はお前に何か買い物でも任せたかァ?」
記憶はなかった。しかし念のため問うてみる。すると、星乃は眉をハの字にし、同情するような眼差しで実弥を見つめた。
「そんなことだろうとは思っていたけれど、やっぱり忘れちゃったのね実弥。自分の誕生日」
───誕生日?
ああ、と、思い出したように双眸を見開く。
近頃はめっきり肌寒い日々が続くようになり、山の装いも間もなく終わりを迎えようとしている。
着々と冬ごもりへ向かう生き物たち。土に還る植物。厳しい冬の訪れを匂わせる風が吹く季節、自分はこの世に生を享けた。
あまねく、実りあるように。母が最初に自分にくれた名前 (もの) だ。
今年も言えてよかったと、一転、星乃は表情を穏やかにした。
「お誕生日おめでとう、実弥」
ふんわりと、目の前で咲いた微笑みが朝日に染まる。
「···すっかり抜け落ちてたぜぇ」
「毎年そんなこと言ってる」
「んなもんいちいち気にしてらんねェんだよォ」
「あら、私の誕生日はいつもちゃんと覚えていてくれるのに?」
「······そりゃ、匡近がしつこく言うから、覚えちまっただけだ」
「ふふ、そうなの」
「そのためだけに朝っぱらからわざわざ来たってェのかよォ」
「···そう、そうよね···。こんな時間じゃなくてもよかったのに、変ね。なんだか気持ちが逸ってしまって···。実弥の都合も考えるべきだったわ」
「別に···俺の都合なんざどうでもいいが」
「紅葉さんもごめんね。私のわがままで付き合ってもらっちゃったのに」