第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
「っ、実弥···! お帰りなさい···!」
「朝っぱらからどうしたァ···と言いてぇところだが······星乃お前、"ソレ"、何した?」
星乃の顔を見るなり実弥が短く顎を突き出す。
「あ、これはね······大丈夫、たいしたことないの。ちょっとへましちゃって」
星乃は後頭部に手を当てながら面目なさそうに苦笑した。実弥が早々訝しげな顔をしたのは、星乃の頭に包帯が巻きつけられていたからだった。
任務中に怪我を負い、蝶屋敷で手当てを受けたのは明け方よりも少しだけ前のこと。
「んなとこで待たねぇで中に居りゃあ良かっただろがァ」
「無断では申し訳なくて······玄関も締め切られていたし」
「鍵は掛けてねぇぞ」
「え、そうだったの? 不用心ねえ···」
「別に盗られるようなもんも無ぇしよォ」
言いながら、実弥は片手で木製の門扉を全開させる。
そういう問題でもないと思うんだけどなあ···の言葉が喉まで出かかったが、星乃は口をつぐんだ。
この辺り一帯の土地の所有者は産屋敷家で、近くには藤の花の家もある。鬼殺隊という存在も、実弥という人物も、周辺の村人は皆心得ていると聞いている。
仮に外からの人物が悪事を働いたとしても、実弥に直接害を及ぼせるほどの力を持ち合わせている民間人はまずいない。
「そいつも運ぶんなら貸せェ」
実弥の親指が、星乃の足もとに置かれた風呂敷包みを指した。
それは、紅葉が先刻までくちばしに咥えていたものだ。
「あ、大丈夫よ。これは自分で」
「コレハ、実弥ヘノ贈リ物ダヨ!」
「やだ紅葉さんのばか!」
「ナンダト! 馬鹿ト言ウ奴ガ馬鹿ナノヨ!」
カアカア! コケーッ! ワンッ、ワンッ!
紅葉が金切り声を上げたとたん、近くの家屋で飼育されている鶏と犬が鳴き出す。
「オォイこらァ···近所迷惑だろうがァ···」
実弥は寸刻めまいを覚え片耳に小指を突っ込んだ。
なにせ鬼狩りに奮戦した直後なのである。
疲労困憊というわけではないにしろ、いくらか消耗した神経にわめき声というものは少々耳に障るもの。