第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
「兄は、いつも星乃さんとの思い出を嬉しそうに話してくれました。会えなかった数年間もの間も、ずっと。だから私も、一目で星乃さんだとわかったんです」
そのとき、千寿郎の背後に杏寿郎の笑顔が浮かび上がって見えた気がした。
『俺が星乃を忘れることはない。断言する』
──…どうして。
真っ先に、そんな思いが心に過る。
どうして、もっと早くに杏寿郎に会いに行こうとしなかったのか。
同じ鬼殺隊にいたのだ。千寿郎に聞けば杏寿郎の住まいもわかっただろうし、手紙だってある。
杏寿郎はなにも変わらずここにいた。それなのに、遠い存在になってしまったのだという勝手な思い込みだけが、いつしか独り歩きしていた。
もう、彼の小さな手を引いて歩いていた自分は杏寿郎には必要ないのだと。
炭治郎は、泣き出しそうな、しかし柔い微笑みを浮かべた。
同情や哀れみではない、寄り添うような眼差しに見つめられ、星乃の心に温かな雨が降る。
───君の幸せを願っている。
降る雨が、杏寿郎の声になる。