第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
「っ、~~───…っ」
涙があふれ、星乃は掌で顔を覆った。
いったいどれだけ、こんな別れを繰り返さなければならないのだろう。
鬼がいなければ。
鬼さえ、いなければ。
何千、何万とそう思う。
けれど、後悔は時として鬼とは別の場所にあるものだ。
目の前で笑っていたはずの友や家族が突然帰らぬ人となる。それは、鬼がいなくても、いつ、どこで、誰に起こりうるかはわからない。
命の灯火は、消えたら二度とよみがえらない。
そんなこと、嫌というほどわかっていたはずなのに。
「···あなたは、煉獄さんにとって大事な女性 (ひと) だったんですね」
まぶたを覆う掌の向こう側から、静やかで優しい声がした。
気丈でいようと決めていたはずなのに、背中をそっと撫でてくれる千寿郎の心遣いにもまた涙が止まらなくなる。
「···っ、わた、しは······っ」
私は。
私は、杏寿郎にそんな風に想ってもらえる人間じゃない。
そう言葉にしかけ、飲み込んだ。
それを今ここで口に出したら、杏寿郎の最期の想いを踏みにじることと同じな気がした。実弟の千寿郎がいる前では、なおさらだと思った。
「竈門くん···」
声を振り絞り呼びかける。
今はまだ、哀しみを打ち消すように月並みな言葉を紡ぐことでしか、杏寿郎の旅立ちを首肯できなくても。
「···杏寿郎の声を届けてくれて、本当にありがとう」
これだけは言える。
己を誇れと言ってくれた杏寿郎にひとつだけ、胸を張って自慢できることがある。
あなたと出逢い過ごした日々は、私にとって、かけがえのない誇りだと───。
滲む視界の向こう側、花札の耳飾りが揺れている。
握りしめた拳で涙を拭い去ったとき、
コツ···コツ···コツ···。
炭治郎の背負う木箱が慈しむような音を奏でた。