第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
一度無表情でそう呟くと、炭治郎は続けて「えぇえぇぇえ!!」と割れ鐘のような声を発した。目鼻口眉の位置が福笑いの失敗作みたく崩れる。
「風! 柱の!! ということはあなたは、飛鳥井さんは不死川さんの姉弟子ということですか!?!?」
「ふふ、そうよ。そんなに驚く?」
「すすすみません! なんというか、その、不死川さんとはまるで違う雰囲気のかたなので!」
「風らしく、ない?」
「そういうことでは!」
本部では初対面の実弥から手荒い歓迎を受けた炭治郎である。そのため、ひとたび風の流派と聞けば実弥の如く粗暴な人物像が考えひとつで浮かんできてしまうのだった。
まったく、決めつけるなんてどうかしてるぞ。と、炭治郎は己自身に猛省を促した。
( 同じ流派だからといってひととなりまで同じなわけがないじゃないか。現に、冨岡さんは兄弟子に当たるけど、俺は冨岡さんみたく寡黙じゃないし、落ち着きもない )
ぽりぽりと頭を掻いてみせる炭治郎を見て、今度は星乃が炭治郎を真っ直ぐ見据えた。
「竈門くんは、杏寿郎と一緒に無限列車で戦ったのね」
「···はい。それで、煉獄さんから預かった言付けをお届けに足を運んだ次第でしたが、あんなことになってしまって、本当にすみません、千寿郎さん」
詫びを入れる炭治郎に、千寿郎はありがとうございますと頭を下げる。
「すっきりしました。兄を悪く言われても僕は口答えすらできなかった」
寂しげな、千寿郎の微笑み。
あんな言葉は槇寿郎の本心ではないはずだ···。
剣士を辞めても、二人の息子に対する愛情が無くなってしまったとは星乃には思えない。昔の槇寿郎を、父として、師範として、杏寿郎と千寿郎に接する穏やかな槇寿郎を知っているから。
父の突然の変貌に、自分ではどうすることもできないもどかしさのようなものを、千寿郎も抱えていたのかもしれない。
炭治郎が、想いを代弁してくれたのかもしれない。
「兄はどのような最期だったでしょうか」
千寿郎の横顔を見つめ、やはり杏寿郎の弟なのだと、星乃は千寿郎の心根の気丈さを感じた。
哀しみが癒えるわけではない。最愛の母をも亡くしているのだ。それでも、兄の最期を受け入れようとする千寿郎のいじらしさにひどく胸を絞られた。