第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
「危ない!! 父は元柱です!!」
青ざめた顔で叫んだ千寿郎の声も、折悪く隊士の耳には届かなかった。
バキィッ!!
槇寿郎の振り上げた拳が先に隊士を吹き飛ばす。
千寿郎が止めに入ろうとするものの、隙という隙がない。
殴られても、蹴られても。何度吹き飛ばされても隊士はめげずに槇寿郎に立ち向かう。
それほどまでに、彼は激しく憤っているのだ。無念でならないのだ。
痛いほどに、隊士の想いが伝わってくる。
同時に星乃は狼狽した。
隊士の気持ちは、十二分にわかる。悔しい思いも、哀しみも、絶望も。
星乃も幾度となく突きつけられた。目の前で奪われてゆく者の命を前に、人間としての弱さや限界をひたすら呪った。
だが、このままでは警官沙汰にもなりかねない騒動に発展しつつある。
そうだ、少々強引だが冷水をふっかてみてはどうだろう。興奮状態を一時抑え込めるやもしれない。
わずかでも二人が冷静さを取り戻してくれたら──。そんな思いで水を汲みに行こうとした矢先、隊士の身体がぐるり旋回したのを見た。
ゴッ!!と凄まじい音が鳴り、槇寿郎の前頭部に隊士の後頭部が激突した。
二人は背面に倒れ込み、槇寿郎は隊士の下敷きになって倒れた。
今···なにが起こったのだろう···。
呆気にとられ、星乃と千寿郎は目を丸くする。
しばらくし、ふらふらと起き上がったのは隊士のほうで、槇寿郎は気を失っていた。
この隊士、恐ろしいほどの石頭である。
「あ、星乃さんすみません。父を見ていていただいて」
「いいのよ。でもおじさま、さっきふらりと起き上がってお酒を買いに行くって出ていっちゃったの。大丈夫かしら」
「大丈夫だと思います。これまでずっと、鍛えてきた人ですから」
困ったように微笑むと、千寿郎は緑茶を淹れた湯飲みを隊士の前に差し出した。
ああ···ありがとう。礼を言う隊士の顔色は、槇寿郎を頭突きしたあとから一層悪くなってしまった。ここにこうして座っているだけでも想像以上につらいはずだ。
隊士自身、一刻も早く杏寿郎の遺した言葉を家族に伝えたいと気力を振り絞っているのがわかる。
そして、彼の所用はもうひとつ。