第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
「煉獄杏寿郎さんの訃報はお聞きでしょうか···。杏寿郎さんからお父上と千寿郎さんへお言葉を預かりましたので···お伝えに参りました」
「···兄から? 兄のことはすでに承知しておりますが······あの···大丈夫ですか? あなた顔が真っ青ですよ」
困惑めいた憂色を顔に浮かべ、千寿郎も言葉を返した。千寿郎の言うとおり、隊士の顔色はひどく悪い。
ひたいから流れる大量の汗。青白い顔。
無限列車の戦いからは数日が経過している。上弦の鬼も現れたほどの凄まじい戦いだったと耳にした。まだ年齢も若い隊士だ。階級は始まりのほうだろうか。おそらくあの戦いで大きく負傷したのだろう。
「やめろ!! どうせ下らんことを言い残しているんだろう!!」
突として、門の奥から荒立つ声が響き渡った。
「たいした才能もないのに剣士になどなるからだ! だから死ぬんだ!! くだらない···愚かな息子だ杏寿郎は!!」
険しい顔つきで屋敷の中から姿を見せたのは、杏寿郎の父、煉獄槇寿郎であった。
しばらく会わぬ間に、随分と雰囲気が変わられた。
星乃は戸惑い、思わず声のかけかたを忘れた。
「人間の能力は生まれた時から決まっている」
猛り冷めやらぬ様子で、槇寿郎は続ける。
才能のある者は極一部。あとは有象無象。何の価値もない塵芥だ!! と。
「杏寿郎もそうだ。大した才能は無かった。死ぬに決まってるだろう」
耳を疑った。
これが、あの強く優しかったおじさまなのか。
熱心に指導してくれた、自分の呼吸を極めなさいと鼓舞してくれた、あの。
しかし、星乃の混迷は次第に憤りに変化する。
杏寿郎は塵芥なんかじゃない。父である槇寿郎が、一番にそれをわかっているはずだ。それなのになぜそんな言葉に口にするのか。
隊士の顔もみるみるうちに苦虫を噛み潰したようなものになり、千寿郎も思い詰めた表情で涙を浮かべた。
「千寿郎!! 葬式は終わったんだ!! いつまでもしみったれた顔をするな!!」
なんて傲慢無礼な物言いだろう。こんなおじさま、私は知らない。
堪えきれず開口しかけた星乃よりもわずかに早く、···ちょっと! と耳飾りの隊士が声を荒げた。