第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
東へ向かいひたすら歩き、幾つかの村を越えてゆく。
実弥の屋敷から煉獄家へは星乃の生家へ向かうよりも近いため、日の高いうちには十分に辿り着ける距離だ。
武家町をひたすら歩いていった先、とある屋敷の門の前に、人影が見えた。まだ成長過程ではあるものの、星乃が最後に会ったときよりもずっと立派になった五体が遠目からでも確認できる。
煉獄の血を受け継ぐ者特有の焔色の髪をした彼は、ほうきを手にうつむき加減で門扉の前の道を掃いていた。
「···千寿郎、くん?」
ハッとしたように顔を上げ、「···星乃、さん?」と、彼は兄とよく似た朱色の双眸を見開いた。
こくり、こくりうなずいて、ゆっくり千寿郎へと歩み寄る。
千寿郎は、星乃が訪ねてきた理由を悟ったように、双眸に大粒の涙を浮かべた。
「っ、千寿郎くん」
「来て、くださったんですね」
「ううん···すぐに来られなくて、ごめんね」
星乃とさほど変わらない身長の、細い体躯を抱きしめる。立派に成長したとはいえ、彼はまだ心身共に少年と呼ぶ年齢だ。頼りなく震える細い肩は、触れただけて崩れ落ちてしまいそうな幼さを残している。
とん。ほうきの倒れる音が真砂土に吸い込まれると、嗚咽を漏らし、千寿郎も首だけを左右に振った。
星乃と千寿郎は、しばらく寄り添い合って涙した。
千寿郎くん、大きくなったね。そう口を開きかけ気づく。ふと見上げた青空に、一羽の鴉の姿があることを。
あれは···普通の鴉だろうか。
いや···あの飛びかたは。
まるで、
誰かを導いているような──。
( もしかして、杏寿郎の鎹鴉? )
思った矢先、千寿郎の肩越しからこちらへ駆けてくる人物の姿が見えた。
重そうな足取りで、着々と近づいてくるその人物は、市松模様の羽織の下に鬼殺隊の隊服を着用していた。
まだ、ほんの少しあどけなさをも残した少年。
揺れる耳飾りが珍しく、視線が引かれる。
おもむろに、千寿郎も振り返る。
「千寿郎···君?」
息咳切らせ、顔面に汗をかきながら、隊士は千寿郎の名を呼んだ。
驚いた面持ちで隊士を眺める千寿郎に礼儀正しく一礼すると、彼は千寿郎に向かって早々にこう切り出した。