第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
「おい待てェ伊黒······落ち合う時間にゃあまだ早ぇだろうがァ······何しに来たァ」
「何しに···? 甘露寺の屋敷へ出向くためだが?」
「まだンな時間じゃねぇだろっつってんだろうよ···。俺は一睡もしてねぇんだぞ」
「案ずるな、俺も一睡もしていない」
「あぁァ?」
「甘露寺の屋敷へ招かれたというのに易々と眠れるわけがないだろう」
「んなこた知るかよ···」
星乃を間に挟んでなにやら二人は会話をはじめた。
『甘露寺の屋敷へ出向くため』
『招かれたというのに』
小芭内の言葉から、共に蜜璃の家を訪問するのだろうとの察しがつく。
「甘露寺への手土産だが、やはり桜餅が妥当だろうか···。不死川はどう思う」
「食いもんなら何でも嬉しがんじゃねぇかぁ?」
「そうだな、甘露寺は優しいからな···。それはそうと、不死川」
小芭内が、再び星乃に視線を向けた。
「あ···っ、大変失礼いたしました···! 私、鬼殺隊一般隊、甲の飛鳥井星乃と申します」
はじめまして、と深く一礼。姿勢を正したところで改めて小芭内に向き合うと、小芭内は再び星乃を凝視し、「······甲の飛鳥井とは、君のことだったのか」と呟いた。
自分を見知っているような物言いをされ、星乃もまた小首を傾げながら小芭内を見る。
「ああ、すまない。君のことは以前柱合──」
「伊黒!!」
突如、実弥の怒号が背を貫いた。
振り返って見た実弥は穏やかでない眼差しで小芭内へと目配りしている。
小芭内は心なしか眉尻を下げ、「いや、なんでもない」と口を閉ざした。
「俺は伊黒と言う。よろしく頼む」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします」
小芭内から差し出された手に、星乃も自分のものを重ねる。
ピリリとした空気を気にかけながらも、至近距離から眺めた鏑丸がことのほか愛らしくてほっとした。
「それじゃあ私はここで失礼させていただきますね。···実弥、また」
「ああ」
実弥に向かって控え目に掌を振り、小芭内に軽く一礼すると、星乃はその場を後にした。