第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
面倒をかけたお詫びに実弥の羽織を洗濯し、一晩ぐっすり安眠させてもらった布団を抱え星乃は庭へ出ていった。
空は快晴。絶好のお洗濯日和で気持ちがいい。
物干し竿へ袖を通した白い羽織が風に靡いてさわさわ揺れる。
翻る洗濯物が青空へ溶けてゆくような解放感に、星乃の顔から自然と笑みが零れ出た。
「本当に、お世話かけました。ありがとう実弥」
身支度を終え、履き物に足を通し、玄関先で実弥を見上げ礼を言う。
「···あんま、無理はすんじゃねぇぞ」という心遣いにうなづいて、「蜜璃ちゃんによろしく伝えてね」との言付けを残し、背を向けた。そのとき、星乃はとある人物にばったり遭遇したのである。
「「あ」」
二人の声が重なり合い、足を止め、互いに固まる。
星乃の背後では実弥もまた硬直していた。
星乃はその人物を知っていた。対面したのはこれが初。しかし噂通りの風貌をしているためすぐに"そのひと"であるとわかった。
「──…蛇柱様」
鬼殺隊蛇柱、伊黒小芭内だ。
左右非対称の色をした双眸。肩に乗せた白蛇。口もとに巻かれた包帯。
色素の薄い肌と稀有 (けう) な双眸が美しく、どこか、中性的。
小芭内の容姿は星乃にそのような印象を与えた。実弥や杏寿郎に比べ、小柄な体躯のせいでもある。
小芭内は、表情を変えることなくじいっと星乃を見つめてくる。
「······不死川」
小芭内の口もとが包帯越しに波打つのを見て、星乃は内心でしまったと慌てた。
あまりに珍しく綺麗な容貌に見とれてしまい、名乗り出る折をすっかりと忘れていたのだ。
笑顔の影さえ感じられない小芭内からは、初めて対面した柱に対し挨拶もないのかこの一般隊士は。との不機嫌さが窺えなくも···ない。
胴を伸ばした白蛇 (名は鏑丸と蜜璃が言っていた) の赤い舌がちょろちょろ蠢き、何とはなしに星乃の不安は煽られた。
「あ、あのすみません私」
「すまないな不死川······邪魔をしたか」
「え?」
口調はのんびりと、淡々としていた。声色に怒気は感じられず、星乃は思わず拍子抜けした声を発した。