第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
あれは紛れもない本心だが、星乃は別の意味で捉えたのかと、実弥は閉口した。なにより、星乃の本音に柄にもなく困惑している自分に気づく。
「···あのなァ星乃よォ。俺が、お荷物だと思うヤツにあこそまで稽古つけたり飯に行ったりすると思うかァ」
「それは、そうかも、しれないけれど」
「お前は、ちゃんと俺を見ろ」
「? 見てるわ」
「···そういうことじゃねェ」
このタコが、と星乃のひたいを指で弾いてやりたくなったがぐっと堪えた。
言葉の通り素直に受け取っちまいやがってよォ···。
脱力し、項垂れる。
「実弥···?」
双眸を赤く染め、か細い声を発する星乃。
いったいなにをそんな風に泣くことがあるというのか。普段の実弥なら、そう呆れ返ってしまうところだ。しかし今はどうだろう。星乃の涙に胸が痛むどころか、無性に腹の底から辛抱たまらなくなってくる。
撫でてやりたいと思う。
触れてしまいたいと思う。
抱きしめてしまえたらと思う。
いつしか近づいてゆく距離は、これまで遠慮がちだった欲求をとめどなく膨れ上がらせた。
これだから、屋敷にあげることを頑なに拒んでいたというのに。
「さね、み」
星乃に向かって伸びる手に迷いがないといえば嘘になる。
匡近はどんな風に星乃に触れていたのだろう。考えれば考えるほど、その上から全てを塗り替えてしまいたい衝動にかられる。
全くもって厄介で、世話の焼ける情緒だ。
「星乃──…」
ガッシャーン···ッ
離れた場所から金物の鳴り響くような音がして、二人は同時にハッとした。実弥の指先が、星乃の頬に辿り着こうとしていた間際のことだった。
しばし沈黙し、実弥は「ぁー···」と低く唸ると、力なく丸めた拳を引き戻し、おもむろに腰を持ち上げた。
「···鍋の火を、消し忘れたみてぇだなぁ」
そう言って、星乃に背を向け歩きだす。
「整ったら、また呼びにくる。お前はもうしばらく横になってろ」
実弥は振り返ることなく部屋を出た。