第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
『しょ···ッ! 味見したのかよォ···!』
『やだごめんなさい······忘れちゃった』
『まあまあ実弥。星乃は一生懸命作ってくれたんだ。汗をかいたし塩分がとれていいじゃないか』
『まって匡近、無理に食べなくていいから、ね、実弥も···って、食べてるのっ?』
『···腹減ってんだよ。白飯が味しねェからなァ、こいつと食やぁ、まァ、食えなくもねェ』
『うん、そうだね。美味しいよ星乃』
決して美味しいとは言えないそれを、匡近も実弥も綺麗に平らげてくれた。
「···そ、れでも、あの頃に比べたら、少しは上達したのよ」
「っ、おい」
星乃の頬に一粒の涙が伝い、実弥はぎょっと双眸を見開いた。
「な、んだ突然、どうしたァ」
「さ、実弥が、わらってくれたから」
何···? と、実弥の眉が不可解さをあらわにする。
「ま、匡近がいた頃の実弥は、もっと、わらっていた気がするの······。私、匡近と違って実弥のこと楽しませてあげられないし、迷惑ばっかりで、一緒にいても、実弥のお荷物になってるんじゃないかって、どこかでずっと、思っていて」
むせび泣き、星乃はこれまで密かに抱いてきたものを実弥に吐露した。
実弥も、決して笑わなくなってしまったわけではない。だが匡近がいた頃の笑顔とはどこかが違う。星乃にはずっとそう見えていた。
またあの頃のように笑ってほしい。今、願っていた笑顔が眼前で揺れている。それは、星乃に向けられたというよりも忍び笑いに近いものだが、柔く綻んだ口もとと下がる眉尻に自然なあたたかさが灯っていた。
「、んで、そうなんだっつぅ···俺がいつお前をお荷物だなんて口にしたァ」
「っ、杏寿郎のことも、もう、大丈夫。ちゃんと前に進んでみせるから···本当、こんなんじゃ私、実弥の姉弟子だなんて言えないわ」
鼻をすする星乃を前に、『姉だと思ったことはいっぺんもない』と突っぱねた日を思い出す。
『弟』だと言われ、つい口をついて出てしまった言葉を。