第1章 第一章 鬼遣の弓姫
この違和感に気づいてくれたのはまたしても牛飼いだった。
「お前、髪飾りどうした?」
そうだ。髪飾りだ。凪がいつも身につけていた藤の花を模した髪飾りがない。
それを指摘され、自分の頭に手をやった凪は指摘された通り無いことを知り、大泣きした。
その泣き声と言ったら、木の幹で羽を休めていた鳥達が一斉に飛び出してしまう程の大音量。
落とした場所に検討はついているらしく、取りに行ってくると言って駄々を捏ねる始末。間も無く陽が傾き始める。そうなれば寺に着くまでに完全に陽が暮れる。
近頃物騒な噂の絶えない都で無くとも、このご時世。女の身で夜道を歩くなんて以ての外。今度になさい。と諭すも、イヤイヤするばかり。
気持ちは分からなくも無い。あの髪飾りは素人目から見ても大変な値打ち物。そして何より彼女の唯一の私物と言ってもいい。
取りに行きたい気持ちは重々理解してる。しかし、それ以上に凪の身が心配だ。
「泣くな。その辺に落ちてないか確認しておいてやる。だから今日はもう帰れ。」
牛飼いの少年がそう言って凪の頭を撫でてやる。
「少なくとも一条の通りに連れてくまではあったんだ。その後此処に来る迄の道なりに落ちてないか、誰か拾ってないか確認しておいてやる。」
「あの、有難い申し出ではありますが、」
罪悪感からなのか親切に言ってくれるのはありがたいが牛飼いの仕事もあるだろうに、此方の都合で振り回してしまうのは流石に
「市にはよく足を運びますから仕事の合間に探すだけです。
だから、あんまり尼様を困らせんじゃ無い。何もお前を憎くて言ってるわけじゃ無いのは分かるだろ?」
「・・・・・ん」
まだポロポロと涙を流しながらも大きく頷くと、尼君の首に抱きつく。
尼君が再度深々と少年に礼をして帰路へと向かう。振り返ると少年は手を振り尼君達が見えなくなるまで見送ってくれた。
・・・・・
「お寺に着くまでお利口にしていたのですが着いたと同時に、」
「あらあら、大変でしたねぇ、後でその牛飼いの子にも礼をしなくては、兎に角今日はご苦労様、御自愛なさい」
人心地着いた後も腰を摩る尼君を見て、帰路の間ずっと抱っこしてくれていたことを察する。
姫は膝で泣いてるので御礼はもう少し落ち着いてからになるだろう。