第1章 第一章 鬼遣の弓姫
突然来て、突然と去った子供を男は呆然と見送った。否見送ってしまった。というのが正しい。
此方にいきなり来ていきなり話しだしたかと思ったら此方の許可無しに袿と菓子をよこし、そしてそのまま去っていった。
こんなもの要らぬと突っ返す間を与えなかった。
嵐が起きた。そう形容するにふさわしい。
子供の寄越した袿は明るい黄藤色、決して華美ではないが手触りも良く上質な物。破り捨て、庭に投げ捨てるのは造作もない。簡単に壊せる。
『これを被ればお日様に直接当たらないでしょう?』
馬鹿馬鹿しい、そんな事でコレがどうにかなる訳ない。
忌々しい日の光は、簀子の木目をキラキラと反射させながら、まるで此方を嘲るように燦々と照りつけてる。
・・・・・
・・・・・・・・
「まぁ、それでそのお殿様に被衣を貸したのですか?」
「だって、本当に真っ白で綺麗だったのよぉ、お姫様みたいだったの」
目元を真っ赤に腫らした顔で少し鼻声で話す。
夕餉前、今日の参拝者も帰られ人心地ついていた庵主の元に凪は半ベソかきながら入ってきた。
日除け用に渡した被衣をつけてなかったので、被衣を放りそのまま来たのではないらしく、バタバタとお使いを頼んだ尼君が普段は見せない慌てた様子で此方に被衣を着たまま転がり込む。
何事かとやんわりとした口調で尋ねてみるも、凪は泣きじゃくって話が聞き取りづらい。
肩で息をしていた尼君が被衣を脱ぎながら説明した。
・・・・・・・・・・
「それでは、大変お世話になりました。」「ありがとう、優しいお兄ちゃま」
人混みの多く、土地勘も無いところで凪がいない事に気づいた時は、半狂乱に陥った。その辺にいるのでは無いかと探し回ってる際、この牛飼いの子が呼びかけてくれるまで生きた心地なんてなかった。まぁ、連れられて閑散とした場所まで来て探し人が居なかった時は二人して玉の緒が切れかけたが、無事見つかった後となっては些末な事。
兎に角、忙しい中、人探しに協力してくれた牛飼いに礼を述べて帰ろうとした際。ふと凪の身なりに違和感がある事に気づく。
袿については貸した旨を聞いた。日に焼けた肌に傷らしい傷もない。
だというのに、何だろうこの違和感。