第1章 第一章 鬼遣の弓姫
此処は市からそう離れてないのにとても静かだ。
人通りも少なく建てられてる屋敷の壁や門は崩れかけ、人が住んでいない様に思える。
こんな所に人を待たせるのはどうなのだろう。と思いつつも、
凪は言われた通り、其処で冬樹が来るのをジッと待ってた。
しかし、待てども尼君を連れて冬樹が戻ってこない。
貰った干菓子をもう一つ食べようとして止める。
この時代の甘味はとても貴重なモノだ。薬として食べる者もいる。
包んでいるのは綺麗な柄の布袋
多分これは、冬樹が自分で食べようとして持ってた物だ。
待たせる代わりにとくれたモノをバクバク食べてはいけない。
我慢我慢。深呼吸して懐に戻す。ふと視線に気づく。
上からの視線に仰ぎ見る。真っ黒な烏が此方をジィーっと見てる。
そのまま一拍したのち此方に飛んできた。
慌てて避けようとして裾を踏んで顔から地面に転がる。
顔を上げると旋回して此方に向かってくる。
顔を伏せるとそのまま肩や頭の辺りをかすめ顔を上げると此方に向かってくる烏と目が合う。
逃げねばヤラレル。そんな恐怖を子どもながらに感じた。
崩れた壁の中に入って攻撃を凌ぐ。そのまま奥へと進み背の高い生垣の中に身を潜める。
カァカァと此方を探す様に烏の声が上から響く。
何度か烏の鈍い鳴き声が聞こえ、静かになったのを確認して、生垣から出る。
池の水は淀み、雑草が生茂る手入れのされていない庭。所々草が生えたり壁が崩れ屋根板が外れた荒屋。
御簾も所々破れており、時折風を受けこちらを手招く様に広がる。
手招く様に風が凪の背を押し、屋敷の方へと誘う。
人が住んでいる気配はなく、空き家となって久しい荒屋。
引き返そうとした時、突風が吹いて、髪飾りが飛ばされて御簾の中へと入ってしまう。
慌てて取りに行く。御簾を持ち上げ髪飾りを取る。
ふと衣擦れが聞こえた。
自分のものではない、部屋の奥だ。
几帳の奥に深い影がある。
風が吹き几帳を揺らすと人の姿が見える。
暗い墨染めの狩衣をきた若者だ。
何かに怯えた様に此方に背を向けながらも忌々しげに此方を赤い鬼灯色の目で見ていた。