第1章 第一章 鬼遣の弓姫
事は昨日の夕方まで遡る。
「まぁまぁ、ちい姫ったらまた着物をこんなに汚して!」
遊びたい盛りの凪は毎日野山を駆け回り、着物を泥や草の汁で汚したり、時には破いたりしていた。
尼寺の女達にとって、着物を汚される事は日常茶飯事なので怒った口調ではあるものの別段気にしない。とはいえ、
「この袙も随分、布が傷んできましたわね」
「また背も伸びた様で、この袙も少しキツそうにしてましたわね」
毎日走り回るし長らく使っていた袙という事もあり布はほつれや汚れといったものが多い、その上育ち盛りの凪はすぐに昨年仕立てたばかりの袙が着れなくなる事が多い。
「明日の市でいい布も買いますかね」
「あら、布だと都に行かないと無いわよ」
しかし、近頃、都では何かと物騒な噂も多い。近場で済ませたいのだが・・・。
尼君達のお古を着せてやるのもいいが可愛い盛りの子供に、鈍色や黒や鶯色といった。よく言えば大人びた落ち着いた。悪く言えば婆臭い地味な色味を着せるのは流石に可哀想。というのが尼君達の考え。選択肢はあってなきが如し。
・・・・・・
朝早くに出て、都の市に足を運ぶと、尼寺近くに設けられる市とは規模の違う活気のある町を見て凪呆然とした。
見た事のない奇術めいた大道芸の催しや物が豊富にある市、行き交う人の多さに凪は立ち尽くしてしまった。
「んで、気づいた時には、人混みに押され、逸れて自分も探し人も何処にいるか分からなくて立ち往生してたと」
というのが冬樹が凪から聞いた迷子になるまでの経緯だ。
これを聞き出すのも苦労した。何せ前頁の最後の問いかけをした瞬間に大声で泣かれ、道行人の冷たい此方を咎める様な目線を浴び居た堪れなくなり、逃げる様に市から離れ、宥め賺して、泣きじゃくる声を聞き取ったのだ。ついでに言うと今も泣きっぱなしだ。
正直、すすり泣きにも耳元で劈くような号泣にもついでに鼻水啜る音も聞き飽きた。
「しょーがないなぁ。」
冬樹は、深い溜息を一つこぼしてから立ち上がる。
「探してやるから、これ食って待ってろ。見つけたら尼君を此処に連れてくる。いいか、此処を絶対動くな。」
口をモゴモゴさせながらも大きく頷くのを見て頭を優しく叩いてやり、そこから離れる。