第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
里へは昼前に着いた。
木漏れ日に遊ぶ鳥の鳴き声が響く其処は、鼻をかすめる硫黄の香りと葉が擦れる音が心地よい山里。
しかし、芹にとって、それ以上に心地良く、大好きな音がある。耳を凝らすとそれは絶えず里に響いていた。
炉の焔が踊る音。鎚を振る音。
此処は、刃に命を吹き込む刀鍛冶の里。
時折、子供達の賑やかな声が響き、鍛冶場の男の恫喝紛いの説教が始まり、子供達が笑い混じりの悲鳴とともに走り回る。
芹はその音を聞きながら、里の奥へ奥へと進んでいく。
……―――…………―――………
鉄を打つ、高く、澄んだ音。力強く、そして、長年培ってきた経験の元、打ち込む鎚は迷いが一切無い。
一番気を使う作業だ。小屋に辿り着き扉をそっと開ける。
小屋の中には男が一人。男と言うには若干、年老いている。しかしその服の袖から覗く腕は太く日に焼け、力強く。色素を失った白い髪は炉の焔を移してオレンジ色に輝いていた。
炉の焔と同じ、赤い刃見つめる瞳は静かでいて焔の様に情熱的だ。それでいてまるで子供を慈しむ親の様にも見えた。
彼こそ里長にして当代随一と呼ばれる刀匠『鍛造』。その人だ。
鍛冶神という存在がいるとしたらきっと鍛造のような方だろう。
そう思いながら音を立てないようゆっくり小屋へと入る。
「あぁ、芹。帰ってきてたのかい。」
声をかけられたのは、小屋に入り、荷物を降ろし、数歩歩いた先にある水瓶の水を飲んだ後だ。
「おかえり、戻って来たなら声をかけてくれると嬉しいね」
彼は芹にとって養い親であり、師匠でもあった 。
とはいえ、師匠の性格を熟知している。困った様に言われたが、以前声をかけた際、全く反応を示さない上、肩を叩いても気づいてもらえなかったのだ。声をかけても無駄だと察するのに時間は有さなかった。
とりあえず、頷く。
「輝昭様には喜んで頂けたかな?」
力強く頷くと嬉しそうに微笑む。
「そうかい。良かった。すまないね。向こうの鍛冶場は何かと賑やかでね。中々思い通りに打てなくて。今日はもう帰るよ。ゴホゴホ。ゆっくり休みなさい」
そう言って小屋を後にする鍛造。炉の焔は勢いが落ち、頼りなく揺らめいていた。
その火を見ながら、その日、眠りについた。