第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
障子戸の先の影に気取られ、尼君達の意識が此方に向いていない事を幸いとばかりに、芹はお堂を抜け出した。なるべく息を殺し、壁伝いに手を置き歩く。
足元ではマダラ模様の烏が此方を咎める様に視線を送っている。
神聖な御堂に入るのに殺生の道具を持って入る訳にいかないと護身のための刀を置いてきてしまった。
間抜けな話だ。それを咎めてるのだろう。しかもわざわざ取りに行こうとしてる事にも大層ご立腹といったところなんだろう。
自分はサッサと此処から離れれば良いものを何とも律儀な事だ。
「皆が早く来れる様にお前は空を旋回しておやり」
部屋まであともう少しだ。それまでに鬼に見つかったとしても部屋に入る方がおそらく早い。よしんば捕まったとしても、対策もある程度は練ってはいる。伊達に稀血でこの歳まで生きてはいない。
マダラ模様の烏は大きく翼を広げて飛び立ち空の向こうで高らかに声を上げて鳴く。夜明けを知らせる朝鳥の様に。しかし、無情にも空はまだ昏く夜明けまで未だ猶予がある。
部屋まで何とか辿り着き、明かりの無い暗がりの中、手探りで目当ての物を手繰り寄せる。静かな部屋に物が落ちる音が小気味良く響く。手に触れる質感だけで目当てのものに手を触れた。
無造作に結い上げられた髪が引っ張られ、その場に引き倒されたのはそれとほぼ同時だった。
鬼は人よりも強く優れた力を与えられる。大概それは万物を超越し、恐れるものはない。しかし、優れた嗅覚故か、それがこの身に流れる原初の血故か、鬼にとって藤の香気というのは非常に不快で忌むべきものだ。それこそこの御堂に群生する藤の花は香気が強く、神経を逆撫でする。血が憤怒で沸き立つ様にさえ感じる。
しかし、これだけ藤の花の香気が強いというのに、鼻腔の奥へと入るソレの香気はそれを凌駕するほど甘美であった。
忌々しい藤の花の香りがあるというのにソレに誘われる様に奥へ奥へ藤の花が咲き誇る奥の庵へと足を踏み入れる。
芳しき香気の持ち主はすぐ見つかり、引き倒した。先程まで隠れていたというのに今は何故見つからなかったのか不思議なほど。
見たところ傷は無い。この爪で肌を引き裂けば藤の香気を消し飛ぶ程の甘美な香りがこの場を覆うだろう。
引き倒したソレは此方を見ていた。目があった瞬間、身体が凍てついた。その瞳の色はまるで、あの