第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
何処や何処?何処にありや?イズコにおわす?
隣にいた僧侶が口元を塞ぎ息が漏れるのを防ぐ。皆、目を大きく見開き、障子の向こうから目が離せない。
人のような烏が鳴いてるかのような地鳴りの様な形容しがたい声。山の様に大きな体躯、大きく突き出た肩の部分が異様な形の影を作っていたまるで人の顔が乗っているような背骨が浮き出て肩に巻きついてるかの様な形。身の丈を越す長さの腕は手から鋭い爪が生えまた掌も牛の頭ほど大きかった。
『鬼だ』
掠れた声で誰かがそう呟く。その声を聞いたのか、鬼が明かり障子の窓からヌゥーっと顔を出す。
顔色は青白く、口は耳の辺りまで大きく裂け鋭利な歯や歯茎には赤々とした液体が滴る。顔中にある無数の目は冷たく無機質な曇ったガラスの様に月明かりと本堂の僅かな蝋燭の明かりで爛々と輝きながらギョロリと本堂を見渡している。
蛇に睨まれた蛙。それがこの場にいる人を揶揄するのに一番適当な言葉だろう。
皆、ガタガタと震えていた。歯がカチカチと音を立ててる。目を塞ぎたいのに凍りついたかの様に指先も瞼も、声の一つも自分の意思では動かす事が出来ずにいた。
小さな息遣いの筈なのに嫌に耳に響く。鬼に気取られまいか?
傍で此方に覆い被さり異形から身を隠そうとしてくれる僧侶の噛み合わない歯音も鼓動も煩いくらい聞こえてくるというのに。姿が見えぬのか?否、鬼は此方を見てニヤニヤと笑っていた。鬼は障子から離れ、またヒタヒタと歩き出す。
まるで嘲る様に、音を立て歩く。
何処や、何処?稀血の子供は何処にある?
逃げるが良い、夜は長い月明かりですぐに見つかる。
闇に潜めても無駄な事、闇は我等が領域、見つからねば此処のものを喰らうてやろう。我らに喰われるがお前達の天命。稀血の子、鬼の餌、鬼贄の子。食らうてやろう、余す事なく骨の髄まで毛の一本すらも食らうてやろう。
息を潜めて縮こまって隠れてる者を探す事をさも楽しんでいるかの様に、身を潜めてる人を骨の髄まで怯えさせて嬲るのを喜んでいる様に。くつくつ、くつくつ、と笑い声が聞こえてくる。
足音が過ぎ去った後、皆が安堵の息を吐く。
「時期に鬼狩りの剣士が来ますそれまでの辛抱です。藤の花の香気がある以上不用意に近づいてくる事はありますまい」
「尼御前、離れのお客人のお姿が」
本堂の妻戸が僅かに開いていた。