第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
烏に促される様に厨に向かう。烏がカァーと鳴くと後片付けをしていた尼君が此方を振り返り、優しく微笑む。
「あぁ、召し上がってくれたのですね?ようございました。」
そう言って盆を受け取る。
「お握り、とても美味しかったです。ご馳走様でした。」
その言葉にキョトンとして嬉しそうに微笑む。
「さぁ、今日はもう夜も遅いので早めに夜坐を行なってお休みなさい。私ももう暫くしたら向かいます故。」
頷いて踵を帰そうとした時。烏が仕切りに鳴く。
しきりに、尼君に目線を向け、また、こちらを見る。何かを訴えていた。
「後片付けは朝に私も行います故、尼君様もどうかお勤めを」
「そうですわね。皆を待たせてはいけませんね。」
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寺の本堂の前には見事な藤の木と梛の木が互いを支え合う様に植えられていた。大きなその木に沢山の小鳥や烏達が羽を休めていた。
本堂に入ると、皆、読経を読む準備を整えている途中でそれももうすぐ終わりそうだった。白檀の香りが鼻をくすぐる。
肩に乗っていた烏が離れ、この寺の住職である尼御前の元に舞い降りる。
寺の長が女性というのもかなり珍しいが、代々此処の寺の管理を任されてる家の娘である事と、この寺が元々尼寺である為誰も気にしないらしい。
肩に飛び乗った烏を見てから此方を見て微笑む。
優しく穏やかで、慈愛に満ちた顔はまるで母の様で少し懐かしい。
「さて、皆様集まりましたね。始めましょう。」
皆が席につき経典を開いたその時、庭の鳥達が一斉に飛び去った。
空を飛ぶ鳥の鳴き声がまるで人の悲鳴の様に木霊する。
「ギャーギャー!ギャークァー!ギャークァー!・・・シュー・・・シュー!」
マダラ模様の烏が表へと飛び立つ。何かを警告するように。
「来る」
誰かの声を聞きその直ぐ後、蝋燭の火が消えた。
白檀の香りをかき消す様に、藤の花の香りが鼻を掠める。
強い香気にむせ返りそうになる。
皆、息を押し殺していた。掠れる声で小さく念仏を唱える者がいた。
何が起きたのか分からずにいると、外から足音がした。
『何処何処?』
ヒタヒタと足音と共に声がする。軽くもあり重くも聞こえる。ソレは人が発する音でない。
障子の先に影が見える。まるで山のように大きく人の姿は歪に歪んでいた。