第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
「若君様、徳川家の使いより文が届いています。入ってもよろしいでしょうか?」
「入りなさい。」
笙の音色の様に澄んだ優しい声に促されて入る。
日溜りが差し込む部屋で少年が文机に腰掛け此方に目線をよこしていた。少年に文を手渡すとやんわりと礼を言ってから文を読む。
男は少年を盗み見た。
穏和な雰囲気を持つ少年は名を『産屋敷輝昭』といい、今年で12を迎える。幼い頃から英明を謳われ、最近は病を篤くされた父君に代わり、一族を取り纏めている。優しく、才智に富んだ彼を次期当主として求む者も多い。
男もそのうちの一人だ。
文を読む輝昭の顔に少し困った様な表情が浮かぶ。
「また、領地を治めてはどうかという嘆願書のようです。」
産屋敷家は元を辿れば公家の家系であるが、尤も応仁の乱の際に元々京に構えていた邸は燃やされ、大和国に程近い、寺に縁があって都落ちしたので地領もなく、名ばかりの身分ではあったが、先の将軍を巡る戦でちょっとした御縁があり、こうして何かと文が届けられるそうな。
「お断りの文はなるべく早い方が良いですね。我々には為せねばならぬ、宿命がありますからね。下がってくださって構いませんよ。」
全体的に線の細く、酷く頼りなさげな体つきをしている若君はやんわりと此方を労わる。温顔な面差しに似合わない。深い憎悪にも似た激しい焔が揺れて見えた。
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遠い昔、都落ちをするよりずっと以前、一族はとある厄災を世に産み落とした。
鬼という・・・異形のモノ。
何故そのような事になったのか、今では誰も、判らない。唯、災厄を産み落としたという事実だけが後世に残された。
その災厄に立ち向かい、鬼を滅する事が我が一族に課せられた贖罪である。その為に心血を注ぎ、生きよ。
将軍の申し出は有り難くもある、金や土地があればそれだけ人が集まる。
しかし、己が一族の贖罪にこれ以上、人を巻き込んで良いものかと、鬼に殺されたモノの怨嗟か、神が一族に課した呪いか、一族の人間の多くは虚弱で齢30を迎える事なく死ぬ。僅かでも神仏の加護を得る為、宮司や僧の家系より妻を娶り、贖罪の為に子を為す。
これではまるで体のいい傀儡のようだ。
否、自分は傀儡なのだ。
自分の切願に蓋をし、人の望むままに生きていく。
伽藍堂の傀儡だ。