第2章 第二章 刃、鋭く玲瓏に
日暮れ、夜の森をひた走る。隙間を縫う様にして、鳥がいる方を頼りに。
膝がひどく痛む。先程枝で引っ掻いた腕がヒリヒリする。呼吸が乱れる。
樹洞を見つけて息を潜める。
鳥達の騒めきがいつの間にか消え、やがて虫の声も消えた。
息を殺していると足跡が近づいてくる。
「匂う、匂う。稀血のニオイ。何と甘美な、ウマソウダ。」
地を這うような、舐めついた声呟かれる言葉の何と恐ろしい。
枝を折りながら、地を踏む音が此方へと近づく度に体が強張る。
「ァア!匂う、ニオウ、臭う!!稀血マレチ希チィ!!見当たらぬ、何故だ!これ程まで匂いが近いのに!!これ程までツヨイと言うのに何故見つからぬ!ァア!!!イマイマシイ!藤のニオイ!!クサイくさい!口惜しやァア!」
鬼が苦手とする藤の花の香りの匂い袋は常に持っていた。
しかし、脚の傷が酷く、匂いがかき消されてる可能性があった。
それに、何より里に鬼が近づくのを避けたかった。
仕方なく周囲の枝や土に血をつける様に彷徨いこうして止血を施して身を潜めるしかなかった。
森の中、あと幾ばくか時を過ごせば、夜も明ける。
とはいえ見つかるのも時間の問題。
止血をした布から滲む様に赤い染みが浮かぶ。
近くに落ちた枝をそっと掴み血の滲んだ布を巻きつけ投げる。
ガサガサ!
「!!!!」
聡く耳が音を拾ったらしく其方へと向かう足音。
洞から抜け出して一歩踏み出す毎に手近に石を拾い、明後日の方角へと投げる。
それを繰り返しながらその場を遠ざかったいく。鳥の声がまだ聞こえない。藤の花が咲いてるところまであと少し。
よろめきながら、歩いていくとむせ返るくらい藤の匂いがして漸く息をまともに吐き出した。
体からドッと力が抜け、藤の香りのするその場所で意識を失った。
目を覚ますと明け方で、畏多くも若様が心配して文を飛ばしてくれてたらしく、中々帰って来ない芹を、夜通し里を探してくれていた皆んなにしこたま怒られた。
そのまま引っ立てられる様にして向かった若様のいるお宿へと連れて行かれた。
若様はニコニコした優しいお顔で、乱暴に頭をぐしぐしと撫でる。眠くなって目をしょぼつかせる私に、お膝を貸してくれ、次に起きた時は師匠に背負われて里に戻った後だった。