第1章 第一章 鬼遣の弓姫
凪に急かされる様にして、荒屋敷から出てきた冬樹。
着の身着のままで来たとはいえ、状況がイマイチ理解できない。
その上、急かした本人は心残りがあるのか、荒屋敷を見ている。此方が聞いても上の空だ。少しムッとしながらもとりあえず自身の、置かれている状況の理解に務める事にした。
足の痛みは休んだからなのか、手当をしてもらったからなのかあまり感じない。
茹だる様な暑さも小雨が散ってる為かかなり和らいでる。
鬼の棲家とも呼ばれてる荒屋敷で休んでいたという事実に少し恐怖を覚えるものの、鬼のいぬ間という事か別段異常はない。
凪の方も束髪を結んだ紐が、ないくらいでさして変わった所はない。
とはいえ、体を濡らしていては風邪を引く。小脇に抱えていた薄衣を凪の頭に、被せてやる。
「貸しててくれてありがとうな」「これ、違うのよ。」
被せてやった薄衣を見てから凪は困った様な顔をした。聞けば、件の若君様とやらが掛けてくれたらしい。
「返しに行くか?」「若君様…具合が悪いみたいで、今日は、もう、帰りなさ…って…」
何かを思い出したのか目に涙を溜め始める。
「雨も降ってるし、借りとけ借りとけ。何なら貰っとけ」
紗とも呼ばれるこの衣は夏の装いによく使われる物だ。
凪が被ってる薄衣は薄っすらとだが光沢もある上柄も施されてる。一見して絹で出来ているとわかる。大変高価な物だ。売り捌けばそれなりの額になる。
「いけないのよ?お兄ちゃま」「なら今度返しに行けばいい。今日の所は借りとけ」
優しく頭をポンと叩いてから先を歩く。
凪はその後に付いていき、薄衣を此方に被せてきた。
「お兄ちゃまの方が風邪引きそうだから」
「それは、何か?俺が細し女、鹿腰、なよ竹だとでも言いたいのかな?」
「お兄ちゃまは、なよ竹の輝夜様なの?」「誰それ?」
「お坊様が教えてくれた話よ。お月様に住むとっても綺麗な方なんですって、望月が出る日に月に帰っちゃうの……。お兄ちゃま、走ったり、怪我して、疲れてるでしょ?だから雨に濡れたら風邪引いちゃう」
頭に、掛けた薄衣が落ちないように背伸びをして直す。
「それはお前もだ。っよ、これならお互い濡れないな」
薄衣でお互いの体を覆ってからまたあるき出す。