第1章 第一章 鬼遣の弓姫
「それでは尼君様。またいずれ。」
「道中お気をつけて。姫、僧侶殿にご挨拶は?」
門前で、遊んでいると内側から人が出てきた。
「ご機嫌よう。ちい姫」「・・・・」
歳若い僧侶は苦笑混じりに優しく凪の頭を撫でると階段を降りていく。
「まぁ、いけない姫ですね」
見送りの為に出た尼君が凪を叱る。
ここはかつての都にも近い山に建てられた尼寺。
寺に住む者はもちろん女人ばかり。訪ねて来る人の多くも女人。
時折、この寺に住う年嵩の尼君の御子息や孫が来る事があるが基本的に#凪#より年上だ。知り合いもいない。
なのに、凪は気がつくと門前で人を待つのだ。
「凪は姫じゃないもん。みなしごだもん」
凪は赤ん坊の頃、この寺の石階段の下、大きな、木の下で拾われた。名を示すものは何も無く、お包みに一緒に入った一房の藤の花飾りと梛の葉。その2つが彼女の私物と言える。
梛の葉は神の宿る木とも言われる。旅人ならば必ず待つだろう守りだが、藤の花飾りは違う。藤の花自体は野生でも育つ。この尼寺にも大きな藤の木が両腕を広げるように咲き誇ってる。
しかし、この花飾りは生花ではなく、翡翠や水晶で出来た高価な物であった。
旅の僧侶や一泊の宿を求めた貴族達はこれを見て、都の貴族に所縁のあるのではないかと言われた。
以来、凪を皆が、姫と呼ぶようになった。
凪は不満だった。
捨てられた今となっては関係ない事だ。
しかし、疑問は胸に宿る。両親が生きてるのか、
何故尼寺に捨てたのか。そもそも捨てられたのか。
様々な疑問や不安が小さく、稚い子どもの胸をきりきりと痛めつけるのだ。
待てども、その日はその後誰も来なかった。