第1章 第一章 鬼遣の弓姫
『・・・・・・ーーー』
優しい声が聞こえる。子守唄の様に心地よく、陽だまりの中にいるような穏やかな気持ち。
優しく誰かが頭を撫でる。端くれだった硬い手が、愛しげに優しく、包むように
『ヒ・・・、私の、・・い・・・か・・いい』
違うよ・・・私は・・・
ゴトン!
鈍い物音がして目を開けると、部屋で寝ていた。
春とはいえ暖かかったのか衾を蹴っ飛ばしていた。
衾とはいえ薄べったい、布掛け、布であんな音はしない、
周りを見てみると自分の髪を入れていたであろう櫛箱と枕があらぬ方へと飛んでいた。
どうやら寝相の悪さであそこまで飛ばしたらしい。簀子の方まで飛んでいた。
木漏れ日に照らされ艶々と漆の色が照っている。
少し目をシパシパと瞬かせてから、それを拾って朝の支度をする。
・・・・・・
「おはようございます。庵主さま」
「はい、おはよう。凪姫。まぁまぁ、愛らしいほっぺですこと、真っ赤な梅の様・・まぁ!御髪も随分冷たい。きっとお寝坊して慌ててお顔を洗ったせいかしら?いけない姫だこと」
目尻にえくぼのような小皺を和ませながら優しく微笑みかけて頬に手を添える尼僧。尼僧の前には幼い女童が一人。そのまま女童の脇を尼僧は容赦なくくすぐる。
肩の辺りで切り揃えられた髪。その一房に飾られた。藤の花を模した飾りがシャラシャラと音を立てる。
頬は紅でもつけたのかという位真っ赤で、目は愛らしくもくるくるとよく動き、桜貝のような唇はキャラキャラと笑い声を上げる。
それがこの物語の主人公、御歳8つの『凪』であった。
「ごめんなさい。庵主さま」「もういいのですよ。さぁ皆のところに行きましょう。」
くすぐられ息も絶え絶えながら凪は素直に謝った。
尼寺の朝は早い。本来なら日の出前に起きて、掃除をし、経を読み、朝の支度を手伝いこの尼僧を朝餉に呼ぶのが毎日の仕事なのだ。それを擽り一つで許してくれたのだ安いモノだ。