第1章 第一章 鬼遣の弓姫
暗い塗籠の中、男は目を覚ます。頭を上げるとチリチリと音を立て鞠香炉が床を走る。
茹だる様な暑さ故か鞠香炉に染み付いた匂い故か夢を見た。
ソレは忌々しくもあり、愛しくもある懐かしい過去の記憶。
願望が或いは未練が見せたのか。男は瞬時に否定した。
二度とあんな無意味な生を送るものか、戻るものか、男は思う。強靭な肉体を得た。己は病に打ち勝ったのだ。その為に犠牲にしたのだ。自分は進むのだ。そして、必ず
ふと、外が静かな事に気づく。あの幼く、煩わしい子供の声が無い。去ったのか。そもそもコレはあの娘に自分で手渡したもの。ここにあるという事は帰ったのだろう。
ようやく屋敷が静かになったか。と思い塗籠から出る。
外は少しばかり照りつく光が弱まっていた雲が出始めているらしく、遠くで鳴神が聞こえる。僅かに開けられた蔀戸から雨が入ってきても困るので日に当たらぬ様に蔀戸に近づく。
男は蔀戸に手をかけ、止まる。向こうに簀子に横たわっているのを捉えた。
まだ居たらしい。雨に降られて、泊まる等と戯言を言われては厄介だ。叩き起こそうと思い、目線をそちらへと移しまた固まる。
小さな娘が衣を被り蹲るように眠っている否、見間違いか、増えてる。娘を覆うように横たわる子供の姿を見た。
どういう事だ。
男は慎重に日陰を出ないように子供に近づく。
二人は幸いにも日陰の御簾の近くで寝ていた。そう、二人いた。
一人は当然、先程から相手をしろとせがむ命知らずの女童。束髪が解けており少し暑いのか汗が滲んでいるも幸せそうに寝息を立ててる。
もう片方は、女童より少し年上の高元結をした水干姿の童。足に怪我をしてるのか青臭い葉の香りと布紐が巻かれている。その手は女童の手を握っている。コレが話していた牛飼い童なのだろう。厄介なのが一人増えたと内心思った。
そして、珍しく寝ていた為か、血の匂い故か昼間だと言うのに喉の乾きを、空腹を、飢餓を覚えた。
渇きを潤したい、腹を満たしたい。小奴らの血肉を貪りたいと思い手を伸ばす。
ふと、鼻腔をある匂いが掠める。この匂いは…この血は…………。