第1章 第一章 鬼遣の弓姫
カナカナカナ、と物悲しく鳴く蝉の声を聞いて目を開ける。
どうやら涼んでいる間に日が暮れたらしい。蔀戸にぶら下げた鞠香炉が揺れる。
『そろそろ" "なくては・・・・』
ワタシはそんな事を思って立ち上げり、塗籠の方へと向かう。
新しい木の香りのする立て付けの悪い戸を開けると、少し強い香の香りが鼻を抜ける。
『また、そんなに荷葉を焚いて、』少し呆れた様にワタシが言うと、
『暑いのだ、仕方無いだろ』と、部屋の主が言う。単を纏うその人は夏の締め切られた塗籠の中にいたというのに酷く青白い。
『そんなに焚いたら塗籠が臭くなります。何より火を使ってるのだから暑くなるに決まっておりましょう?それと、夏が暑いのは当然です。』
『暑い、何とかしろ』
無茶振りをいう主に少しため息を付き、塗籠を出ていきワタシは部屋からあるものを持ち出す。暑そうにグッタリしてるその人にソレを差し出す。
『何だこれは?』怪訝な顔をするその人に微笑みイタズラっぽい仕草で額にソレを乗せる。
チリリ、と音がする。その人の表情は心地良さげに目が細まり、幾分か穏やかになる。
『いかがでしょう?" "さま?』
小首を傾げて、少し芝居がかった口調で尋ねるワタシ。
暑さでジットリと濡れた髪の合間に差し込まれた髪飾りが涼やかな音を立てて、首に触れる。
『まぁまぁだな。』とその人が不遜げに言い、此方に手を伸ばす、塗籠の中に居たというのにその手はワタシのソレよりも冷たいが、その手に引き寄せられ触れた額は酷く熱い。
『熱いんですけど?』『そうか』僅かに嫌味を含んだ言葉に素知らぬ態度で返される。手を離すことはない。
力を込めて引けば額から手を離す事も可能だが、ソレをしない。その事に満足したのか、冷たい手が離れる。赤い鬼灯色の目が此方を見ていた。その視線を避けるように目を閉じる。チリリ、チリリと額からズレて落ちた鞠香炉の鈴の音が塗籠の中で響いた。
凪が目を開けると、塗籠の入り口の前で寝ていた。正午を少し過ぎたのか陽射しが弱まっている。
鞠香炉を持ち、塗籠の中に入る。
若君が壁にもたれて寝ていた。蒸し暑い塗籠の中、額も手も冷たい。
夢と同じ様に鞠香炉を額に当ててみるも若君の顔は夢と同じ様に変わる事はなかった。