第1章 第一章 鬼遣の弓姫
理由は、本当に単純明快。
前述した通り冬樹に遊んでもらおうと意気揚々と寺から出て行った凪であったが、
肝心の冬樹の居場所を知らなかったのだ。
市の誰かに言伝を頼んで朱雀門の前で待とうかとも思ったが、商人達もこの暑さが堪えるのか、とても言伝を頼める状態ではない。炎天下の中行き交う人は少ない。
それでも牛飼い童をしているならば逢えるかもと僅かな期待を胸に市で待つ事にした。
が、暑さは増すばかり、その上、冷静に考えてみれば牛飼い童をしている冬樹がそう易易と仕事を放棄して自分と遊べるわけない事に漸く、思い至る。
それに、この暑さの中遊びに誘ったら体調を崩してしまうやも。
冬樹は男子で年上の為、自分よりも体格もしっかりして見えたが、あまり、体が強くないらしい。よく『のぼせ』起こすのだと言っていた。
その上、お坊さん達に『くはしめさま』と呼ばれひどく嫌そうにしていたのを覚えている。
細身で品の良い顔立ちの為からかって言われたのだろうが、体調を崩して倒れたりしたら嫌な思いをされるだろう。
暑い中、道を歩く牛車が見える。牛飼い童も護衛の武士達も暑そうだ。牛も長舌を出しそこから大量の汗を流しておりとても辛そうにしていた。
それを見て益々、冬樹に、遊んでもらう事に対して気が引けてしまい。その場を後にした。
とはいえ、寺に戻る気も起きず自分も暑さに辛くなって、一条の荒屋敷に逃げ込んだのだ。逃げたものの戸が閉め切られていて、大差なかった事に、ちょっと後悔を覚えたものの、寺や、一人でいるよりもずっと良かった。
遊んでくれる訳ではないが、この若君の傍は何故か心地良いのだ。・・・・・暑いけど
チリリ、
小さな鈴の音が聞こえ、足先に何か固い物が触れ顔を少し上げる。
鞠だ。
鞠といっても蹴鞠に使う地味な布製の物でも、手鞠用の可愛らしい刺繍が施されたものでも無い。
金物製の香炉に使われる。鞠香炉だ。
足で僅かに突くと、チリチリとか細い鈴の音が鳴る香木の代わりに鈴が入ってるらしい。手で触れると指先がヒンヤリとした。
陽射しが差し込む、若君が、日に当たらないようにしながら蔀戸を開けた様だ。
「これでいいだろう?喧しい声よりか鈴の音の方が幾分かマシだ」
そう言って自分は塗籠の方へと入っていった。