第1章 第一章 鬼遣の弓姫
荒屋敷の中はやはり荒屋敷。所々藺草が顔を出したボロボロの畳に傷だらけの板張りの床。几帳も破れかけ、誰かが住んでるなんて思えない場所。
それでも、確かにあの若君がいたという証拠は残っていた。文机の上、少し古びた懐紙の中に真っ白な唐菓子が一粒。置いておいた被衣は見当たらない。
姿は見えないが自分は確かに人里に戻れたのだと安堵感が胸に宿る。
それと同時に全身にひどい虚脱感を覚え、その場に蹲る。
人がいなくて良かったと思うと同時に酷く寂しく感じる。
外はまだ暗く、夜明けが遠い。何故自分はあんな所にいたのか?あれは夢だったのか?アレは何だったのか?
様々な事を考えてしまう。考えても答えはでないのに、
カタン。
硬いものが触れる音が聞こえて、そちらを見た。蔀戸が開いていた。
真っ黒な墨染の衣に朧月が浮かんだ被衣を纏った白い顔と真っ赤な鬼灯色の赤い目が此方を見ていた。
「童か何用・・・・っ!?」
凪はしがみついた。
その被衣と綺麗な瞳の色に覚えがあった。煩わしげで気怠気な声音に覚えがあった。
知り合いが目の前にいた。しがみつく理由は凪にとってはそれだけで十二分にあった。
「貴様、なんの真似だ」
苛立たしげにしがみついていた体を引き剥がし此方を見る。至近距離から見た顔にやはり見覚えがあった。この荒屋敷で一度だけ見かけた若君様だ。
「若君さまだぁ、若君様が御被衣使ってくれてる。今日はお外に出てたのねお外は明るいでしょ?」
「・・・・知らん。何故此処にお前が来てる」
「凪にもわからないの。気づいたらお山の方にいて怖いの見て逃げてたら此処に来たの。お寺のばしょわからないから此処で朝を待ってたの」
「サッサと去ぬれ」
「場所がわからないんだってば、夜は暗くて怖いし、迷子のときは動いてはいけないのよ?若君様、知らないの?」
「・・・・・此処が何処だかわかってるのか、巷で鬼の住処と呼ばれてる場所だぞ?」
「??若君様のお家でしょ?」
「・・・私の根城とわかっていて勝手に入ったと?」
たちが悪いなコイツとばかりの顔をしてる
「お友達のお家だし入っていいかなぁって」
「いつ誰が友なんぞになった?」
「ねえねぇ、鬼の住処って呼ばれてるなら若君様は鬼なの?」