第1章 第一章 鬼遣の弓姫
「っ!」
烏の声を認識した瞬間、息苦しさが消えた。
先程まで水に浸かってた筈なのに単は汗ばむ程度。
周りは暗い場所に慣れて来たのかハッキリと見える。あの大きな川はなく目の前に広がってるのは参道。
しかし、喉の奥には張り付くような痛みが残っていた。
手足も熱が失せ、氷のように冷え切っていた。
夢だったのか、現実だったのか、いまの凪には判断がつかなかった。
それでも、いま自分はあの怖いものから逃げおおせたのだ。その事に安堵を覚え深呼吸をする。
・・・・カァーーー。クワァ、クワァ
頭上から烏の鳴き声がして全身がいてつく。
上を見上げると夜だというのに太陽の様に赫い鳥居。その上に真っ白い烏が鎮座して、此方をみていた。
此方を見る目はとても静かで恐ろしい。獲物を見ている様にも、小さな物を見ている様にも見える。
夢の続きを見ているかの様だ。
「っ!」
怖くなって凪はその場から逃げた。
烏は追ってくる事はない。此方を見ている事だけはわかる。あの冷たくて玻璃の様な目でこちらを見ていることが振り返らずともわかった。
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一条の荒屋敷まで戻ってきて凪はようやく走るのをやめた。
足の裏は小石や草を踏んだせいで汚れ傷ついているというのに痛みは全くない。
周りには人影もなければ、生き物の気配もしない。暗い闇が広がっている。だというのに酷く安心できた。
それでも見知らぬ土地。寺に向かう道が分からず、仕方なく日が出るまで屋敷で休ませて貰おう。
そう思って壊れた塀の穴に潜り込んで屋敷の中へと入る。