第1章 第一章 鬼遣の弓姫
宵深い、京の辻を牛車に揺られながらその人は進んでいた。
車の中でガタガタと体を震わせ、カチカチと歯が噛み合わない。
呂律の回らない口から紡ぐ経は余りに頼りなく気休めにすらならない。
近頃京の都には何かと物騒な噂が絶えない。夜盗に疫病、そして最近一番耳にするのが一条首狩り鬼。
夜の一条に入ったら最後、朝には首のない死体がころがっているという。金目のものを目的とした夜盗の仕業か、或いは先の太宰府の怨霊か皆、恐れて近づかない。
牛車の窓から見える一条への通りは黄泉路に続いているかのように濃霧に覆われ不気味な雰囲気をしていた。
そんな恐ろしい場所からサッサと離れ、意中の娘のいる屋敷につきたいものだと窓から目線を外そうとした瞬間、見てはいけないモノを見た。
深い濃霧に覆われてたのだ、幻覚か、気のせいか。そう思いたい。
否、あれは見間違い、きっと夜盗の小競り合いか何かだろうと必死に思った。
しかし、目に焼き付いて離れない。
濃霧の先に、影を見た。
誰かが蹲って道に倒れていた。
男はそれに最初眉を寄せた。最近不作が続き、飢餓で死ぬ者が増え、貧しさに喘ぎ、夜盗に身を窶し、人から金品を盗む、卑しき者が後を絶えない。蹲っているのもそのどちらかだろうと、思った。しかし、影が動いたのだ。
ノソリ、と動いた影の身の丈は六尺近いのではないかという巨大。ここは通りからかなり離れているのに甘ったるい香と腐敗臭が鼻につき大きく咳き込む、聞こえるはずがない。
なのにそれはグルリと此方を向いた。真っ赤な赤い目、赤黒く輝く口元の紅。指先の爪を彩る毒々しい色の爪紅、見てくれは上背の公達のようにも美しい女性にも見えた。
何をしているのか、ほんの僅かな好奇心で窓へと近づいた。
そして、足元に倒れた物を見た。赤と白そして黒い何か。
窪んだ空洞のソレと目があった気がして、口元を覆う。
全身から血の気が引き、腹から喉へ、喉から口元へと、恐怖と共に吐き気が込み上げてくる。
アレは、ソレは、知るべきことではなかった。理解すべきことではなかった。
アレは、紅いのは・・・チガウチガウ!!
黒くてアカクテ・・・チガウチガウ。あの人は・・アレハヒトノワケガナイ!!!アンナノガニンゲンナワケ
横たわっていたのはナニカノ成れの果て。