第1章 第一章 鬼遣の弓姫
夏の陽射しの強い蒸し暑い午後。暑さに負けない賑やかな東の市。
私は誰かと手を繋いで歩いてる。烏帽子で隠れた髪は白髪混じりで少し年老いて、優しく垂れ下がった目尻にもシワが刻まれていた。
狩衣を纏ってない単は少し古ぼけているものの、手に持った白地に上品な光沢のある布は絹織物だと一目でわかるだろう。
その人が自分の父であり、今日は久方ぶりの休みでこうして市に連れてきてくれた事を思い出す。
普段忙しく滅多にうちに帰ってこない父と病がちの母に代わり家を守るのが私の勤めで今日はそのご褒美に市に誘ってくれたのだ。
今日の夕飯何がいいかと目移りしている中、キラキラした物を見つける。
ソレがとても綺麗で目が離せなくなっていると
『それが気に入ったのかい?』と父の優しい声がする。
『うん!』
元気よく頷くと父はソレを買い、髪の両房につけてくれた。
風に靡いて軽やかな音がして嬉しくなって走り回ると、ぬかるみに足を取られて転んでしまった。父が苦笑混じりに助けおこし顔についた泥を払ってくれる。
『さぁ、行こう』そうして手を繋いで歩いてくれる。
優しい、優しい、自慢の父様。ずっと、ずっと一緒にいたかった。
なのに・・・
一条の荒屋敷の一室で青白い顔で目を閉じてる痩せ衰えた父の姿を見た。
・・・・・・・
・・・・・・・・・・
目を覚ますと視界が揺れていた。泣いているのだと瞬時に理解する。此処は東寺の詰所の一室だ。女性という事で長者様がご配慮下さり、今この部屋には瀬良の尼君と凪しかいない。
涙を拭いながら隣を見ると尼君が寝息を立ててる。
蔀戸を開けるとまだ暗い、鳥の鳴き声もない。
「あの髪飾り」
夢の中視界の隅に捉えた髪飾りは間違えなく自分のモノ。
失くしてしまった、大切な物。悲しくない訳ではないが、庭に降りて水面を覗く、
片側にいつもある髪飾りの代わりに愛らしい5枚の花弁が行儀良く並んだ紫色の花がついていた。
なくした物は仕方ないしこれだけ探して帰ってこないのだからもう見つからない。これがあるから、自分は大丈夫。なのに、
「探さなきゃ」
きっと見つけるのを待っている。
誰が、何がと頭の中で思うのに、心の奥から衝動が押し寄せて、気づいた時には夜の京の通りを進んでいた。