第1章 第一章 鬼遣の弓姫
夕暮れも近い日の中荒屋敷の庭は相も変わらず、荒れ果てていて進むのも一苦労した。
土や草の汁で被衣を汚さない様に進むと、人の気配のない荒屋敷が見えてきた。
「こんばんは〜」
御簾の中に入っていくとやはり人の気配は無く几帳の向こうで隠れている訳でもないらしい。どうやら留守の様。
留守だとしても仕方ない。自分は今日来るとは伝えてない。冬樹についてもまた然り、彼が何処の牛飼い童かも知らないし、そもそも今日来る事を伝えられたのは一重に彼の人徳と、市で商いをする商人達の親切心あっての事である。
とはいえ、この一条の若君も大層優しく義理堅い方らしい。
ほんの数日前に貸した明るい色の袿が几帳の裏、文机の上に綺麗に畳まれて置いてあった。凪は手に持っていた被衣を文机に置いてその袿を手に取る。
持ち上げるととても冷たく、袿に顔を近づけると、庵主の付ける香気とは別の匂いを感じた。甘く、何処かツンとした辛味にも似た不思議な香の香り。
・・・・・
・・・・・・・
「あっ、帰ったきた。ったく、一人で行くなよなぁ。」
来た道を辿って帰ると壁を背に佇む冬樹がいた。
此方に気づくとすぐに声をかけてくれ、何もなかったか聞いてきた。
「んじゃ、帰るか。っと、何だお前怪我してるのか」
「え?」
よく見ると自分の膝の辺りが擦りむいているのに気付く、草の葉で傷ついたみたいだ。
「ったく、しょうがないなぁ。ッヨ」
冬樹がそう言って凪をおんぶする。
「尼様んとこ行くぞ。もう大分暗いからきっと心配されてる」
そう言いながらも此方が揺れない様にゆっくり歩いてくれる。
背負ってくれる背中が暖かくて、優しくて、遠くで鳴く烏の声が物悲しくも優しくて、とても心地が良かった。