第1章 第一章 鬼遣の弓姫
「本当にそこに行きたいのか?」
冬樹は渋い顔をして凪に問いかける。
「うん」
凪は真剣な面持ちで頷く。
髪飾りは結局見つからずそろそろ夕方に差し掛かってる。
聞けば今宵は尼君と共に東寺で宿直させて頂ける手筈らしい。庵主様が口添えしてくれたらしい。
ここで気になるのはこの庵主様が何者であるかなのだが、今はそんな話どうでもいい。それならお待たせするのもアレだし早めに帰ろうと諭したが、この幼児、あろう事か一条の荒屋敷に行きたいと言い出した。
一条、其れは現在、この京で一番恐れられてる土地だ。
その一条に存在する荒屋敷の殆どが、かつて、左遷された太宰府が住んでいた邸があるとか、怨霊がいる古池があるだの、妖の子が住んでるだの、まことしやかに囁かれてる。
一条にかかる橋なんぞは特に川から人の屍が点々と流れていたりと実におどろおどろしい。
あまりの恐ろしさから、住むものは冥府や妖の縁者だの、冥界から死者が逃げ帰ってるのではないかとも、禁裏から見て丑寅の方角にあるため穢れが満ちてるのではとも言われてる。
冬樹はそこまで信心深い訳でもないが、触らぬ神に祟りなしという。出来れば関わりたくない。
「お約束したの、若君様に次会ったら御被衣をあげるって」
畳まれた濃い色の布をギュッと持って凪がいう。
「正直、一条に住んでる人間なんてそういないし、そう言った連中は気にしてないと思うんだけどなぁ」
どうしても行きたいと言い張るので渋々、心底嫌そうな体で連れて行ってやる。
「ここだよ。」「おいおい、本当に此処に人がいるのか?」
着いた荒屋敷に人は住んでない筈だ。屋敷の主は随分前に家族二人、夜盗に襲われて死んだというのを以前邸で耳にした事がある。
その上今では鬼が出ると囁かれてる場所だ。
此処で待ち合わせしてる若君様とやらはその事を知らないのか?
凪は壁をキョロキョロと見て、崩れて向こう側が見える場所を見つける。
「それじゃあ行ってくるね。人が来ないか見張っててねお兄ちゃま。」
ゴソゴソと器用に穴の中に入っていく。不法侵入である。
「えぇっ!?」
一人で行く事にも驚いたが自分が片棒を担がされた事を理解して思わず叫んだ。