第1章 第一章 鬼遣の弓姫
あれから、凪は押し黙ってしまい、会話がない。
「あんな糞爺の言ったことは信じなくていいぞ。
藤の花贈られて身に付けただけで死ぬなんて言ったら、今頃禁裏や貴族の邸いる奴皆んな鬼に食い殺されてる筈だ。俺なんて毎晩旦那様の恋人に藤の花と文届けてるけど、相手先の人間無事だし
アレは庶民のやっかみって奴だ。」
「・・・・・」
「全く、大体なぁ、いい大人が餓鬼相手にムキになって喧嘩するなっての。俺への当て付けか知らないけど子供につまんない作り話するなよな」
「・・・・・」
出来るだけ明るい口調で話しかけるも凪は俯いたまま。チラリと様子を伺うと、被衣の中から見える瞳に涙を溜めていた。
「お、おいっ!?何、どうした!?どっか怪我した?それとも怖かったのか?んの爺ィ!!今度市で会ったら覚えてろ」
「ち、ちが・・っひ、・・グスン・・が・・ぅ・・って」
首を横に振る。動く度に涙が溢れて落ちて目元を手で拭う。
「えっ?何??聞こえない」
嗚咽混じりに微かに聞こえてくるか細い声を必死に聞き取ろうと耳を欹てる。
『お父さん』『お母さん』『死ぬ』『どうしよう』
「へっ?」
「凪、赤ちゃんの時に、尼寺の側で、捨てられてたの、髪飾りとこの葉っぱと一緒に。
お寺に来る人が、高価な、お品だ、から貴族様の御子じゃないかって・・・どうしよう。お父さんお母さん死んじゃってたら。
どうしよう、落とし物拾ってくれた人が死んじゃったら」
そう言ってシクシクと泣き出す。
死の花を贈られた自分への憐れみではなく、大切な品を盗まれた憤りでもなく、祟りと言う不確かな物に対する怯えでも無く、唯、今、誰かの命を案じ、自分のせいで死ぬかもしれないと恐怖に震えていた。
「大丈夫だ。さっきも言った通り作り話だ。藤の花は栄華の象徴だから皆やっかんでるだけだ。」
涙を拭い、頬を優しく撫でる。
「でも、噂が流れてるなら安心だな。藤の花飾りが祟りの象徴だってんなら信心深いお貴族様達は欲しがらない。金蔓が居ないなら盗んだ連中は踏んだり蹴ったりだ。」
「みつかる?」涙を溜めながらも尋ねる。
手近な所に植えてあった小さな5枚の花弁を広げた花を摘み
「見つけるんだよ。」
紫色の花が凪の髪を飾るのを見て冬樹は笑う。