第1章 第一章 鬼遣の弓姫
「すっかり遅くなってしまった。」
冬樹は朱雀大路を走る。普段ならばこの刻は出仕等の都合で、簡単に抜けられるのだが、諸事情があり、中々抜けられなかった。
無理もない。昨日は何だかんだ、夕方近く迄散策していた。その際にかなり目立つこともした。
「おや、坊。今日は寄ってかないのかい?」
「すみません。今少し急いでるんで、また後で寄る。」
お小言は聞き慣れてる。日頃溜まってる鬱憤を店の店員に愚痴りたいが、今は時が惜しい。
裏内裏の入り口、つまり朱雀大路の北にある門を朱雀門と呼び大路を南に向かうと、京の城壁、つまり羅城があり、この京の正門である羅城門がある。この門を出れば京の外という訳だ。人もモノも此処から出入りする為『"生"物が"来"る』とかけて『来生門』と呼ぶ人もいる。
その言葉通り、人通りの多い為待ち合わせには非常に不向きなのだが、仕方ない。彼女は京に詳しくない。
門の前まで行くと、人混みに流されない様にして立っている小さな人影を見つける。
人影が此方に気づくとトテトテと近づいてくる。人影の主は幼い娘だった。
「ご機嫌よう。お兄ちゃま。」「おう、ってお前一人か?尼様は?まさか1人で来たのか?」
周りを確認するも誰もいないので心配になって聞く。
「ううん。瀬良の尼君様が連れて来てくださったの。
お兄ちゃまが来るの一緒にまっててくれてたけど東寺の御説法を聞きに行かなければいけなくて・・・」
「そっか、ごめん随分待たせたな」
よく見ると被衣の裾が汚れている。おそらくはしゃがんだり、地面に被衣を置いたりした時に汚したのだろう。
被衣の中から覗く肌も幾らか紅潮していて日に焼けていた。
「あと、あの後一緒に通った道は調べたけど誰も拾ってなかったし、見つからなかった。」
一応今日も探したがそれらしい物は落ちてなかった。
「すまない。」
「お兄ちゃまの所為じゃないよ。凪が落としたのがいけないから、」少し悲しそうに笑う
「あっそうだわ、庵主様がね。いっぱい優しくしてくれたお礼にってお菓子くれたのよ。」
そう言って懐から紙をとりだして広げて見せる。細長く切った芋の干菓子だ。
「いや、まだ受け取れない。」
「とりあえず西市に行くぞ。」
少年は小さな手を引いて西市を目指した。